「2・6・2」の法則②
魔人族は力が全て。
強力な力を持った魔物の多い暗黒大陸では、力なき者は生きてはいけない。
実際、これまでその通りだったし、これからもそうだと思っていた。
しかし当代の魔王様は、新たな価値観提示した。
人種との共生。
これまで幾度となく大陸に侵攻してきた人種と手を結ぶという。
反発した勢力もあったようだが、強者こそ絶対という古よりの価値観を持つ保守派はすぐさま魔王の軍門に下った。
それ以外の反魔王派は様子見といった感じで、表向きは魔王派に従っている。
魔王に反発した勢力は何れも勤勉に働いていた。
保守派は魔王派閥を認めた故に忠誠を尽くしているし、その他の勢力も、反旗を翻す好機(あら探しが終えるまで)が訪れた時の為に、今不信感を抱かせるわけにはいかぬと真面目に働いていた。
そこで問題となるのは、元々魔王勢力に対して特に不満も無く、何となく頼まれたから、という理由で魔王の改革に手を貸した者たちだ。
多くの魔族がこれにあたる。
全身鱗に覆われた魔族。
その見た目は巨大なトカゲそのものである。
リザードマンと人は呼ぶ。
しかし、正確にはドラゴンである。
ドラゴンとは言ってもその種類は多岐にわたる。
神話に登場するような種から、多種族に淘汰される弱い種まで様々だ。
控えめに言っても弱い部類に入る種であるドラゴンの青年――ミゴールは親に言われるがまま、魔王の改革に賛同した?
そんな状況でミゴールか真面目に働くのは無理があった。
それでも給金は支払われる。
真面目に働くなんて馬鹿馬鹿しい。
そんな思考になっても仕方がない。
このまま楽して稼げると思った矢先、魔王様からのお触れがあった。
言い渡されたのは2つ。
①新規マニュアルの導入
②仲間評価の導入
何が変わるのか。
何も変わりやしないと、たかをくくっていた。
1週間後。
ミゴールは働いていた。勤勉に。
なにもミゴールの性格が変わったわけではない。
変わったのはマニュアル。
内容がとにかく細かい。
あれはダメ、これはダメ。
この場合は………………etc.
マニュアルをこなすだけで勤勉になってしまうのだ。
加えて、仲間同士での相互評価が採用された。
この相互評価がなかなかに厄介の種なのである。
これまで魔王様やその配下が来た時に仕事ぶりを見せていればよかったのだが、仲間内での評価となると、そのような事をしている者は間違いなく低評価になる。
低評価が続けば生産性を重視する魔王様のさらに上。
実際に存在するのかはわからないが、改革の先導者たる何者かは容赦なく仕事を取り上げることだろう。
故に働くほかないのだ。
働くことの大変さを、ミゴールを始めとした多くの魔族たちが痛感している頃――
魔王城。
その最上階。
玉座の間にて玉座に座るのは魔王ではない。
「フカフカだなぁ~。社長イスとかってこんな感じなのかな?」
ベアトリーチェは普段自分が座っている――だらけている玉座の上で跳ねる夜一を眺めていた。
「そんなに欲しいのならあげてもいいが」
「それじゃ意味がないですよ。ちゃんと自分のお金で稼いで買わなきゃ意味がないでしょ。そのために働いてもらいますよ」
含みを持った笑いはどこか黒いものを感じさせた。
夜一の言う通り、近頃の作業効率はすこぶるいい。
見る見るうちに新たな建築物が建っていく。
すでに暗黒大陸の一角には商業区画が整備されつつあった。
数百ページにわたるマニュアルを作成して持ってきたときの夜一の顔を思い出すと今でも少し怖くなる。
げっそりとやつれた顔に黒い笑みを貼り付けた様は悪魔、もしくは死神といったところか。
これで観光事業は大きく進展する!! と高らかに宣言していた夜一の言葉は現実のものとなった訳だ。
「さすがは夜一だな。もう観光事業は安心できるな」
「いやいや、まだですよ。ホテル事業の方も手を入れていかないと」
「しかし、魔王城をホテルにする計画はメフィストに一任してあるぞ」
「ええ、確かにメフィストさんに任せていますが―――あくまで城主はベアトリーチェですからね」
細めた目の奥は笑っていなかった。
「これ読んで、城主――オーナーとしての資質を磨いてください」
抱えて持ってきていた紙袋からドザッと重量を感じさせる紙の束。
ベアトリーチェは見覚えがあった。
マニュアルだ!?
「読んでくださいね」
NOと言わせない圧を感じる。
「う、うむ」
思わず首を縦に振ってしまったベアトリーチェ。
ベアトリーチェがマニュアルを読み終えるのに1週間。
内容を理解するのにさらに1週間。
多くの者(魔族)は知らない。
魔王様も自分たち同様に改革の波に翻弄されている一人だという事に。
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