第四章 観光ビジネス 編

観光地に必要な4つの条件①(気候)

 季節は夏。

 ジリジリと照りつける太陽は肌を焦がす。


 手で日差しを作るも暑さの元凶を目視することは敵わない。

 圧倒的質量を誇る恒星は日に日にその熱量を増していた。


「さすがにこうも暑い日が続くときついですね」


 張り付くTシャツをつまみながら夜一は嘆く。

 温度計はないものの、体感温度としては四十度を超えていた。


 暑いと思うから暑い。

 そんなことは分かっていても、滴る汗が現実逃避の邪魔をする。

 とても涼しいなどとは思えなかった。


「まあ、今日は気温四十度超えてますからね」


「え?」


「ん?」


 セルシアには気温の概念がある。

 温度計なんてものは開発していない。

 夜一には開発するための知識がなかった。


 科学とか使えば作ることが出来るのか?

 その辺の知識が欠如している夜一には限界があった。

 だからこそ気温を知ることが出来たセルシアに驚くと同時に、なんだか負けた気がして悔しさも覚えた。


「魔法を使えば一発です!」


 人差し指を立てたセルシアが言う。


 夜一は言葉を失う。


 魔法ってそこまで便利なものなのか。

 だが、よくよく考えてみれば、これまで異世界は夜一の持ち込んだ現代知識がなくても回っていたのだ。

 農産業に必要な情報も何らかの手段を用いて手に入れていたに違いない。

 気温――気候などは農業と直接的な関わりを持つ。

 生活上欠かすことの出来ない情報である。


(魔法便利すぎるだろ……)


 異世界において魔法は、科学に代わって様々なことを成していた。

 思いの外この異世界は、現代に等しい文明を持っているのかもしれない。


 魔導具の普及によって生活水準が大幅に向上した。

 これからますます現代文明に近づいていくことだろう。

 もしかすると、魔法という非科学的な事象が存在している分、異世界の方が将来的には発展するかもしれない。


 色々な考えが頭の中を巡るが、すぐにそれらについて考えるのを放棄する。

 なんせ暑い。

 すぐに思考回路がショートしてしまう。


 全ては暑い気候が悪い。

 そこで思う事はただ一つ。


 涼みたい……


 そんな考えに支配された夜一は呟いた。


「……避暑地ってないのかな?」


 セルシアは耳がいい。

 地獄耳ならぬエルフ耳の持ち主である。

 夜一の呟きをセルシアは聞き逃さない。


「ありますよ避暑地。王族のプライベート島が数島ほど」


「プライベート島!?」


 さすがは王族スケールが違う。

 普通はプライベートビーチだろ!?

 いや、普通はプライベートビーチなんてものは持っていないが、それならばギリギリ許容範囲内だ。

 だが、島ともなるとキャパオーバーである。

 どのくらい凄いのかすら分からない。

 現代にも個人で島を所有している人はいたはずだが、とんでもない金持ちだったと記憶していた。


 確かに避暑地ではあるが、気安くいけるような場所ではない。

 多分、というより間違いなく一般人は立ち入ってはいけない場所である。


 夜一の言った避暑地は、ちょっとした旅行気分でひょいと行けるレベルの場所だ。

 そうした場所はないのか尋ねてみたが、セルシアは心当たりがないという。

 まだこの異世界では、旅行などという概念はあまりないらしい。

 何かの目的――例えば商談や納品など――を持って旅をすることはあるが、そこに娯楽的要素は皆無である。


(コレってもしかして新しい商売につなげられるんじゃ……)


 添おう思い至ったものの、最優先すべきは避暑地の発見、確保である。


(そういえば、暗黒大陸って分厚い雲が空に渦巻いてて太陽とか見えなかったな……ん? もしかすると今も涼しいんじゃないか?)


 夜一はすぐさま通信用水晶を手に取り通信相手を頭の中にイメージする。


 …………。

 しばらくすると、


「はい。こちら魔王城のメフィストでございます」


 水晶越しでも礼儀正しい魔族は深々と頭を下げた。


「どうもメフィストさん。《ジャンク・ブティコ》の夜一です」


「これはどうも夜一様、ご丁寧にどうも。ですが、名乗らずとも魔王城に連絡してくる人物は夜一様以外におられませんよ」


 フフフと楽しげに小さく笑う。


 確かにそうかもしれないが、礼儀を欠くわけにもいかないので毎回きちんと名乗っている夜一であった。

 挨拶を済ませたところで、早速本題へと入る。


「そちらは涼しいですか?」


「えっ? ま、まぁ、普通ですかね? 暗黒大陸は一年通じて気候に変化がありませんから、特別涼しいとか熱いとかはないですね」


「羨ましいッ!!」


 水晶を両手で掴みそこに映るメフィストに迫る。

 水晶の向こうでメフィストが一歩後ずさった。

 きっと顔を近づけたことで、水晶にはアップで顔が横に伸びた夜一の顔が映し出されていたに違いない。


「それでしたらこちらに来られますか?」


 少し引き気味のメフィストが尋ねてくる。

 夜一は即答する。


「お願いします」


「ではすぐにお迎えに上がります」


 そう言い終わると同時に水晶の前から姿は掻き消え、、「お待たせしました」と夜一に隣に姿を現した。


(相変わらず便利な魔法だな。瞬間移動か……商売に生かせそう。金の匂いがプンプンだ)


「では参ります」


 肩に手を置かれ、一瞬。

 気が付くとそこは暗黒大陸。

 分厚い雲は太陽を完全に隠していた。


「あぁ~、気持ちいぃ~!!」


 吹き付ける風が生暖かくない。

 なんて普通のそよ風なんだ! すばらしい!!


 今にも溶けてしまいそうになっていた夜一は歓喜した。

 やっぱり気候って大切だ。

 夏は寒い場所に。

 そして冬は暖かい場所に。

 そんな観光文化がないからこそ《ジャンク・ブティク》の品物は売れたのだ。


 アイスに始まり魔導具と、暑さや寒さを凌いだり、反対に楽しむ品物が大好評だった。

 エアコンもなかったので、冷却魔法と加熱魔法を組み込み似たようなものを作ったらこれが大ヒットを記録。

 工場の生産ラインが一時回らなくなり、大量のバイト募集を掛けたのがつい先月のことだ。

 エアコンが売れるのは構わないが、このままでは夏場冬場と人が外に出なくなってしまう。

 それは商売人としては死活問題になりかねない。

 だからレジャーを充実させる必要がある。


 その為の第一歩。


「暗黒大陸を一大観光地にしよう。そしてその一部に《ジャンク・ブティコ》専用の避暑地を作ろう」


「明らかに後者が本当の目的ですよね」


 メフィストは苦笑い。


 夜一はベアトリーチェに挨拶するため魔王城へ向かった。

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