映画の成功とその後の展望
暗黒大陸から輸入される映画は人気を博し、勇者シリーズはすでに第五弾まで上映されていた。
さらにはスピンオフ作品まで上映。
魔王視点で描かれた『魔王物語』は勇者シリーズほど人気は出なかったが、一部の熱狂的なファンが付いた。
間違いなく主演を務めたベアトリーチェ個人のファンだ。
魔族とは言え、その容姿は美しく、異性であれば――異性でなくとも目を奪われてしまう。
外見だけは完璧なのだ。
もちろん、その正体が魔王だということはトップシークレットである。
王都では現在、勇者シリーズの六作目の制作が発表されたところである。
娯楽の少なかったこの世界において映画は一大ムーブメントとなった。
夜一は六作目の撮影現場に来ていた。
「まさかこんなにも多くの魔族が協力してくれるとは思ってもみませんでしたよ」
これは夜一の率直な感想である。
そんな感想に隣に立つメフィストが答える。
「魔族の多くは温厚ですからね」
「そうなんですか?」
「確かに血の気の多い連中もいるにはいますが、大多数の魔族は平和を望んでいますよ。その証拠に、人間の冒険者たちが自分たちの庭先で略奪を繰り返しているにもかかわらず大陸に攻め入ろうとはしてないでしょう? 私だったら乗り込んで行ってしまいます」
笑いながらメフィストは言う。
メフィストの実力を知っている夜一としては笑い話にならない。
ハハハと乾いた笑いと一緒に冷たい汗が背中をツゥーと伝った。
メフィストを横目に、
(こんなヤツが攻め込んで来たら人間なんて数日で殲滅させられる。よくも人間はこんな存在を敵として考えてきたな。もはや天災だろこんなもん、人間がどうこうできる存在じゃない)
かなり失礼なことを考えていた。
メフィストが人の心を読めないことを祈るばかりだ。
それにしても……
夜一は眼下の渓谷に目をやる。
そこには愉悦に浸った瞳のベアトリーチェが大立ち回りを披露していた。
そして敵たちはド派手に吹っ飛ぶ。
スタントマン顔負けのアクションである。
魔法なんてものが存在する世界のアクションは、現代のそれを遥かに超えていた。
アクションも本物。
現在進行形で戦闘スキルが求められる世界のアクションは、リアリティが現代とは雲泥の差だ。
これを現代へ逆輸入すればすごく儲けられるかも?
そんな考えとともに、あまりにもテンプレ展開だから売れないかもな、などと考えていると、
「今日の魔王様は一にもまして気合が入ってますね」
渓谷を覗き込みながらメフィスト。
「そうなんですか?」
「ええ、夜一さんが観にいらっしゃるとお話したからでしょうかね」
最後に付け加えられた「愛の力ですね」というメフィストの言葉は聞こえていないふりをした。
どうやらベアトリーチェの気は変わっていないらしい。
夜一も男だ。
ベアトリーチェみたいな美人に好意を寄せられて悪い気はしない。
だが、何で自分が? という気持ちは一向に消えない。
自意識過剰な気もするが、セルシアも夜一に対して好意を抱いているのではないかと思うことがある。
今までモテたことがない夜一は、女性からの好意というものがよく分からない。
気のせいだ、と断言されてしまえば、そうかと簡単に納得してしまう程度の自信しか自分に持つことができずにいた。
「……ん?」
眼下にベアトリーチェ以外にも見知った顔があった。
「店長?」
「ええ、セルシアさんも今回の撮影に勇者一行の魔法使い役で参加していただいています」
「ねぇ、メフィストさん……。あれ、演技ですよね?」
対峙したセルシアとベアトリーチェはバチバチと火花を散らしていた。
「ええ、一応は……」
自信なさげにメフィストが言う。
直後に大爆発。
爆風が夜一たちを襲う。
(ほんとに演技なのか?)
メフィストの言葉への信用がゼロになった頃、眼下の決戦も決着がついていた。
何故か魔王が勇者一行を壊滅させていた。
「……これはカットですね。結末が変わってしまいました」
笑いごとじゃないだろというツッコミは差し控えた。
そんなことはメフィストが一番分かっていることを夜一は知っていたからだ。
ベアトリーチェに演技させるのは骨が折れる。
色々と気難しい魔王をその気にさせるのは大変だ。
「最終決戦のシーンは撮り直しですね」
メフィストは、すみませんと頭を下げて撮影現場に降りて行った。
「現場監督も大変だなぁ」
しみじみ思う夜一であった。
…………
……
…
勇者シリーズ六作目も大好評。
グッズ売り上げも好調。
そんな折、一部のファンから配給元である《ジャンク・ブティコ》にファンレターが届いた。
勇者シリーズの大ファンです。最新作もすでに十回以上観ています。
何度見ても勇者様はかっこよく、理想の男性です。
そこで、勇者様の闘われた場所に行ってみたいのです。
勇者様が赴かれた場所はどこなのでしょうか?
よろしければ教えていただきたいのです。
どうぞよろしくお願いいたします。
(熱烈なファンだな。でも暗黒大陸は危険な場所だしな、教える訳には……)
いや待てよ。
夜一の頭に一つの言葉が浮かんだ。
聖地巡礼。
現代でもアニメや映画の舞台にファンが訪れる。
それと同じことがこの異世界でもできるのではないか?
そのためには暗黒大陸の整備を始めなくては。
今度、ベアトリーチェやメフィストに相談してみよう。
新たな事業も大切だが、継続している事業も大切だ。
夜一は聖地巡礼――観光業のことを頭の片隅に置き、目の前の仕事に集中した。
カランコロン――
ドアベルが鳴り店にお客様がやって来る。
お客様と目が合う。
優しく微笑んで夜一は、これまで何度も行ってきた挨拶をする。
「ようこそ《ジャンク・ブティコ》へ!!」
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