新たな娯楽の誕生

 暗黒大陸は未開の土地である。

 一部の冒険者などは、腕試しや大金目当てで暗黒大陸に上陸する。

 しかし、暗黒大陸は広大で、未だにその全容は解明されていない。


 つまり、何があるのか――名産品や特産物はもちろん、名所も知らない。

 きっと魔王城は名所の一つであろう、と全人類が思ってはいるのだが、それを確かめる術を人類は持ち合わせていない。

 ――夜一を除いては……。



 そんなわけで夜一は、ベアトリーチェとメフィストから暗黒大陸の話を聞いていた。

 意外と住んでいる者たちでは気づかないことがある。


 大自然なんてモノは、住んでいる人たちからすれば見慣れた景色だ。

 もしかすると嫌いなモノかもしれない。


 都会の喧騒に憧れたり、木々ではなくコンクリートジャングルを求めたりするかもしれない。

 だが、田舎――大自然を求めて都会から人はやってくる。

 人々は都会にはない静けさや自然を求めている。

 要するに、無い物ねだりである。


 夜一はある話に食いついた。


 ベアトリーチェとメフィストは懐かしむように「勇者」のことを語る。

 語るというよりは愚痴るという感じだ。


「そういえば、先代の勇者が壊した客間はいつ直るの?」


「客間を壊したのは先々代の勇者ですよ、魔王さま」


「あら、そうだったかしら?」


「そうですよ」


「だったらバルコニーを壊したのは……」


「それは百年以上前のことですから……三十五代目の勇者ですね。あれは派手な闘いでした」


「その頃のことはあまり覚えていないのよね」


「そうなんですか? あんなに楽しそうでしたのに」


「楽しそう?」


「ええ、あの頃のことはよく覚えております。

 勇者とご一緒にオーバーアクションで技を放ち合いながら、互いに高笑いをして、「なかなかやるな」「貴様もな」なんて芝居がかった口調で互いを称賛する展開を何度繰り返したことか」


 声色を変えて演じ分けながら話すメフィスト。

 名人芸だ。

 ベアトリーチェとうり二つな声。

 もう片方の甲高い変声期前みたいな声も、当時の勇者と似ているのだろう。

 ベアトリーチェは懐かしむように「そんな声だった」と呟いている。


(メフィストさん、意外と演技派なんだなぁ……あっ)


 夜一の頭に妙案が浮かぶ。

 魔王に協力してもらえれば成功間違いなしだ。


 さっそく夜一は考えを実現するために動くのであった。


 …………

 ……

 …


 大陸において勇者は絶対の存在。

 その英雄譚は民の間に根付き、絶大な人気を誇っていた。

 現代における童話のようなレベルである。


 勇者を誰でも知っている。

 子供から大人にいたるまで皆、勇者たちの大ファンなのだ。

 だが、勇者を見たこと(話したこと)のある人は少ない。

 だから、それぞれが己の中に自分の勇者像を抱いている。


 それぞれの勇者に対する認識は様々で、神格化している者もいれば、あくまで人間として考える者もいた。

 そうした認識の齟齬は当然のことであった。


 だからこそ夜一は皆の認識を一つに統合した。

 そうした方がマーケティングしやすいから。


 勇者は強くて優しい。

 そして人間くさいヤツ。

 それが夜一が設定した勇者像。


 完璧超人よりも苦労するヤツの方が好感が持てる。

 そういうキャラクターを目指した。


 そして今、モンゴルの移動式住居――ゲルに似た天幕の中では夜一の作った勇者が大剣を振るっていた。


 もちろん実際に剣を振り回している訳ではない。

 映像記録ラクリマによって転写された映像の中で、勇者が大立ち回りしているのだ。


 そう、これは映画の放映である。

 この世界の住人たちの反応を見るために《ジャンク・ブティコ》の社員で試写会を開いていた。


 夜一は終始大興奮。

 CGなど使わずとも大迫力の映像が撮れる。

 むしろCG以上だ。


 やっぱり魔法って凄い。

 改めてそう思う。


 初めて映画というモノを観た観客たちは映し出される勇者に釘付け。

 そして局面は最終決戦。

『フハハハハハ――よくぞここまで来たな勇者よ!!』

 黒いマントをたなびかせ、ライトに照らされてベアトリーチェが登場。

『貴様もワタシの黒炎でチリと化すがいい!!!』

 バッとポーズを決めるベアトリーチェ。


(ノリノリだなぁ)


 かつての勇者は転生者、もしくは召喚者だったのだろう。

 その勇者に影響を受けたベアトリーチェの振る舞い(演技)は中二病患者そのものだった。

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