暇過ぎて降臨

 事業は概ね順調だった。

 現代知識を活かす度に利益を上げていく《ジャンク・ブティコ》。

 なんの問題も無い様に思えた。

 しかし、夜一は失念していた。

 新事業を立ち上げるたびにその準備に時間を割くということ。

 そのことによって、ある時間が削られているということに……。


 …………

 ……

 …


 いつもと変わらぬ午後のひと時。

 忙しなく動く人並みが、お昼時になり緩やかになる。

 そんな時だった。

 世界の災厄が《ジャンク・ブティコ》に訪れた――降臨した。



 突如現れた魔法陣。

 いかにもヤバイといった感じだ。

 魔法陣を中心に強烈な風が巻き起こり、バチバチと白い火花を散らしている。


 夜一は対処できそうにないので距離を取る。

 念には念をと、商品棚の後ろに姿を隠す。


「間に合いませんでしたか」


「おわっ!? ビックリしたぁ」


 夜一の背後には、執事風の黒い衣装を身に纏った長身の男が立っていた。

 端正な顔は、街を歩けば女性たちの視線を釘付けにすること請け合いである。

 しかしその頭には二本の禍々しい角が生えていた。


「メフィストさんじゃないですか」


「ご無沙汰しております。夜一さん」


 メフィストは日本語の発音を完璧にマスターしていた。

 この異世界において今のところ唯一、夜一の名前を自然なイントネーションで言うことのできる人物である。


「何なんですかアレ」


 夜一は店内に突如現れた魔法陣――雷を伴う暴風を指差して尋ねた。


「ベアトリーチェ様です」


 メフィストはそれだけ告げると視線を魔法陣へと向けた。


(なんでベアトリーチェが?)


 浮かんだ疑問が筒抜けになっていたようで、「夜一さんが魔王城に来てくださらないからですよ」とメフィスト。


(あ――そういえば最近ご無沙汰だった)


 忙しいこともあり、ベアトリーチェの存在を失念していた。

 ヤバイことだけは分かる。

 現に目の前で天災が起こっているのだから。


 取りあえず夜一は声の限り叫んだ。


「本当に、ごめんなさ~~~い!!」


 …………

 ……

 …


《ジャンク・ブティコ》本店は急遽休業を余儀なくされた。


 品物の散乱した店内で、夜一とセルシア、そしてベアトリーチェとメフィストの四人は片付けに勤しんでいた。


 口では「すまない」と言うベアトリーチェはどこか楽しそうだ。

 魔王城にメフィストと二人きりの生活は退屈らしい。


 夜一としては、ベアトリーチェのような悠々自適な生活に憧れたりもするのだが、長い年月ずっとそんな生活をしていれば、飽きてしまうのかもしれない。


 退屈だとうるさいので、夜一はベアトリーチェに提案をした。


「暗黒大陸に冒険者以外の――お客さんを集めましょう」


 不特定多数のお客様に、ベアトリーチェの相手をしてもらおう。

 そんな打算を含んだ提案にベアトリーチェは首を傾げ、メフィストは、アハハと呆れたように笑っていた。

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