ホモ・エコノミクス(合理的経済人)③
「お帰りなさい。ご苦労様」
夜一は、一日の仕事を終えて返ってきた彼女たちを労う。
この日夜一は《ジャンク・ブティコ》ではなく、スコラの研究所にいた。
雨の降る中、夜遅くまで仕事をしていた五人のスコラたちを労うのは当然のことだろう。
「労いの言葉を言うよりも、先にやるべきことがあるでしょう」
セルシアが夜一を咎めるような口調で注意する。
「他に何かすることあります?」
「ありますよ! みんなずぶ濡れじゃないですか!? 急いで拭かないと」
「でも彼女たちみんなゴーレムですよ。風邪なんてかかりませんし、何の問題が……?」
セルシアは自分がおかしいのかと一瞬疑った。
しかしおかしいのは自分ではなく、夜一の方だと気づく。
異世界から来た夜一はこの世界にない価値観を持っている。
ゴーレムの少女たちを見て「AIロボとか霞んじゃうな」「ロボットよりできることが多そうだ」なんてブツブツ呟いていたりした。
夜一はゴーレムを物として認識している節がある。
決して間違った認識ではないのだが、セルシアには彼女たちを物として扱うことができなかった。
「もういいです」
セルシアは説得をあきらめて、ゴーレム少女たちにタオルを手渡す。
首を傾げる五人に「拭いてください」と優しく言うと、一番近くにいた娘の頭にタオルをかけて、わしゃくしゃと髪を乾かす。
それを真似する形で残りの四人も互いの髪を乾かしはじめる。
セルシアは髪を乾かしながら、ところで、と夜一の方を向き尋ねる。
「なぜ彼女たちをタクシー業務に使うのですか?」
「なぜって、適材適所な人選をしただけですよ」
「自動馬車であれば誰でも扱えますから、彼女たちでなくてもよかったのでは? と思ったのですが」
「確かに自動馬車のおかげで、誰でもタクシー業務に当たることができます。ですがタクシー事業は慈善事業ではありません。利益を求められます。その点彼女たちはこの事業にうってつけです」
証拠を見せると言い、夜一は一日の売上金を持ってくる。
そこには一日では到底稼げそうにない額のお金があった。
いくら五人分だといってもあまりにも多い。
「これが僕が彼女たちを業務に当たらせた理由です。納得していただけましたか?」
ドヤ顔の夜一にセルシアは食ってかかる。
「それはこんなに遅くまで働いていれば当然です。ゴーレムだから人間よりも長い時間働けるということですか!?」
「なにか勘違いをされているようですね」
夜一はセルシアを宥めながら説明する。
「店長は、今日みたいな大雨の日にタクシー業務に当たっていたとして、目標売上に到達したらどうしますか?」
投げ掛けられた問いに、セルシアは逡巡した後に答える。
「目標を達成しているのであれば帰りますかね? 雨の日は大気流れが激しくて落ち着きませんから」
「そこですよ!」
(どこですか!?)
「店長は目標を達成したから終わっていいと思うわけです。でも彼女たち
は違う。与えられた業務で最も効率的に稼ぐ。雨の日は稼ぎ時なんです。だから目標売上はすぐに達成できる。でも利益を考えれば早く切り上げるのではなく、雨の日こそ粘って客を探すことが必要なんです。
でも、人間は感情で動いてしまう。だから効率的じゃないんです」
「でもそうしたら、彼女たちは日頃も働いているわけですから、長く働いているから稼ぎがいいということなのでは?」
「そうだといいんですけど、彼女たちは感情で行動しません。今日は遅くまで仕事してましたけど、昨日は早かったはずです。そうですよね? スコラさん」
スコラは頷き、一枚の紙を差し出す。
それはゴーレムたちの労働時間を集計したグラフだった。
悪天候の日の労働時間が長く、晴天時の労働時間は極端に短い。
「どういうことです?」
呟きに近い疑問に夜一が答える。
「自分で移動できる時には自分で移動します。だってタクシーはお金がかかりますから。でも悪天候の日はお金が多少かかっても楽をしたいものです。それが人間心理です。彼女たちはそのことを頭に入れて行動しています。
反対に好天に恵まれているとタクシーの利用者は減ります。すると、目標売上を達成するのが困難になります。ここで人間ならば目標を達成しようと粘るのでしょうが、彼女たちは早々にあきらめて切り上げて帰ってきます。無駄な労働はしません。彼女たちは人間とは違い感情ではなく合理性のもとに行動します。
このことによって、最も効率のいいタクシー運用ができるわけです」
翌日。
ゴーレムたちは早々に仕事を切り上げ自身のメンテナンスを行っていたという。
後に、ジャンク・タクシーは必要なときに来てくれる(いてくれる)、と業界ナンバーワンの人気を得ることになる。
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