贅沢な悩みと、その活用法(死の谷)①

 各店舗で発生していた過剰発注の後始末に追われること一週間。

 夜一はベッドに体を投げていた。


「もう無理……。指一本も動かせない……」


 そのまま眠りにつくはずだった。

 だが、夜一は意識を手放す機会を逸した。


「お疲れ様です。夜一様」


 ベッドのすぐ横に、笑顔を湛えていたイケメンが佇んでいた。


「あぁ、メフィストさんか……」


「寝ないでください。早く仕度してください。出発しますよ」


 有無を言わさぬ圧力をかけてくる。

 断るという選択肢が用意されていない。

 もし、断ることが出来たとしても、それは世界の破滅を招く。

 魔王ベアトリーチェから宝玉を受け取る。夜一が受け取りに向かうことが条件だ。

 この約束を破るとどうなるのか以前訊ねたことがあった。

 メフィストは目を細めながら「王国は滅びます」と一言。

 もはや約束ではなく脅迫である。


 ここ最近忙しすぎて宝玉を使う機会がなかった。

 そもそも膨大な魔力を有している宝玉は、一個で十数年単位でも消費しきれないだけの魔力がある。

 そんな代物が両手の指では足りないほどにある。

 正直、持て余していた。


(あんなに欲しがっていたのに、今はもう増やしたくない……もう部屋に置き場がないんだよなぁ……)



 この日も宝玉と引き換えに夜一は睡眠時間を削った。

 ベアトリーチェの話は陽が昇っても止まることなく続いた。

 完徹であった……。



 * * *



「いらっしゃいませ~」


 夜一は珍しくレジを担当していた。

 バイトのロイクが、本業の冒険者家業の依頼のため、急遽ヘルプで夜一が店に立つことになったのだった。


 空には数多の星たちが散りばめられ、今にも落っこちてきそうなほど近くに感じられる月が夜道を明々と照らしていた。

 月明かりの下、《ジャンク・ブティコ》へやってきたお客に夜一は見覚えがあった。


(確か前にも来てたよな……)


 セルシアの話では人間ではなくゴーレムだという話だったが、やっぱり人間しか見えない。

 しいて人間らしくないところをあげるとすれば、陶器のように美しい肌(?)とビー玉のように輝く瞳(?)が人のモノではないように思えた。

 もし本当に人間ではないのだとすれば、現代の技術の遙か先を行っている。

 アンドロイドロボットなんて目じゃない。

 あれにはまだ機械らしさがある。対して目の前のゴーレム少女には人間らしさが備わっていた。


 それに、


「お客様。お探しの品物はこちらでしょうか?」


 カウンターの下に置いておいた魔鉱石を見せる。


「はい。いつも助かります」


 少女は返答する。

 AIを凌ぐ知能だ。完全に自立している。


 夜一はふと思った。

 彼女はこの異世界の技術の粋を集めた存在なのではないか?

 ならば彼女(まだ人間でない事に関しては半信半疑)の製作者と話をしたい。

 そのきっかけを作らねば――。


「お嬢さん。今日から鉱石を買うためには年齢認証が必要になったんだ。だからお嬢さんには売れないんだよ」


 そんな決まりはない。作る予定もない。

 ちょっとした意地悪である。

 これで少女の後ろにいる技術者(作り親)を引きずり出す。

 そう思ってたのだが、少女は淡々と「そうですか」と納得してしまう。


「え、あ、ちょ……ちょっと待って!?」


 夜一は少女を引き留める。


「何か?」


 まるで機械と話しているようだ。

 いや、機械みたいなものなのか?


「君を作った人と話がしてみたいんだ」


「マスターとですか?」


「ああ、そのマスターと話がしたいんだ」


 変な小細工はするものじゃない。素直に話すのが得策という場合もある。


「別にかまわない」


 少女の了承も得た。

 こうして夜一は、持て余した宝玉の使い道を見つけた(?)のであった。


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