POSシステムの問題点(販売時点情報管理)②

 夜になると客足は遠ざかる。

 現代のように二十四時間営業の店はなく、夜には静寂が訪れる。

 規則正しい生活サイクルだと思う。それと同時に夜は退屈な時間でもある。

 そんな話をしたところ《ジャンク・ブティコ》は夜間営業も始めていた。

 二十四時間営業という訳にはいかないが、可能な限り夜間も営業しようという方針になった。

 異世界においても、生活リズムが他の人とは異なる人間というのは存在する。

 陽が昇っている時間帯よりも売り上げは落ちるが、夜間の収入も低空飛行ながらも黒字を記録していた。


 そして夜、みんなが寝静まった時間帯に訪れる人間――お客様は変わり者が多い。

 夜間、店に立つ夜一とセルシアのもとにも、そんなお客様がやって来るのであった。


 …………

 ……

 …


「店長、あの娘どうしたらいいですかね?」


 相手に聞こえぬよう、セルシアの耳元で話す。


「あっ……そ、その……耳は敏感でっ――」


 艶っぽい声を上げるセルシア。

 加えて内股を擦り合わせて身悶えている。

 心臓に悪い。そんな反応されてしまうと、変な気を起こしてしまいかねない。それが男という生き物である。

 そして夜一も男であった。


「もういいです」


 目を背けると夜一は、夜一人で店を訪れた少女を注意深く観察した。


「あんな感じの娘が好みなんですか?」


 隣でなにやらセルシアがブツブツ言っているが、スルーする。

 きっと碌なことを言っていない。

 夜一は、セルシアが神妙な顔をしているときに限って、くだらないことを考えているということを身をもって知っていた。

 だから一方的にセルシアに尋ねる。


「あの娘、なにをしに来たんでしょうか?」


 セルシアが答えを持ち合わせていないことなど百も承知だ。


「おつかいでしょうか?」


 見た目は十歳前後の少女。もし、親が買い物を命じたのだとすれば、それはそれで問題だろう。

 夜間に子どもに買い物にかせて自分は家で待っている。最低の親だ。

 虐待なんて可能性もあるかもしれない。

 そんな少女が両手いっぱいに品物を抱えてくる。


「お会計お願いします」


 感情の感じられない声。

 その表情からも少女の心情を読み解くことは出来ない。


「あのね、お嬢さん。こんなにたくさん持ってきても、お金がないと買えないんだよ」


 膝を曲げ、視線を少女に合わせる。

 言い聞かせるように、優しく諭すように語りかける。


「お金ならあります」


 抑揚のない声で少女は言う。


(まさかお金持ち。どこぞの貴族か?)


 それにしては少女の恰好はみすぼらしい。

 お世辞にも裕福な家庭の子どもには見えない。

 この世界には児童相談所や保護施設といった類のモノはない。

 そうしたところがあれば連れて行くべきなのかもしれないが……どうしたものか。


 少女は腰に下げた袋をレジに置く。

 重量感あるその袋はドサリと音を立てる。硬貨の擦れる音が響く。


「まさか盗んだお金? もしくは訳ありなお金だったり……」


「正当なお金です」


 声に出すつもりは無かったのだが、知らず知らずのうちに漏れ出てしまっていたらしい。

 少女は正当なお金と主張しているが、本当だろうか?

 それを知る術を夜一は持ち合わせていない。


「お願いします」


 幾ら疑いのまなざしを向けても少女は苛立つ様子を見せない。

 まるで感情を持ち合わせていないかのようだ。


 お金を払ってくれる以上はお客様。

 犯罪がらみのお金である確証もない。


 夜一とセルシアはアイコンタクトを取る。


(大丈夫ですよね?)


(そんなに見つめられたら……恥ずかしいです)


(あれ? 伝わってるよね?)


(はい。充分過ぎるくらいにヨイチさんの想いは伝わっています)


 夜一は、互いの意思疎通がとれていないことを悟る。


(それにしても……)


 少女は大量に商品を買い占めていた。

 魔鉱石に魔水晶、MPポーション等々。

 少女には必要なさそうな品物ばかりである。

 まるで王立学院の魔法師たちが買い求めるラインナップだ。


 もしかして、


「魔法の研究とかに使うの?」


 冗談めかして言ってみる。

 すると少女は「そう」と頷く。


 そう言えば、なんで《ジャンク・ブティコ》本店に魔鉱石とか魔水晶があるんだ? 

 本店は王都の中心街。

 魔法師たちは、王城を中心とした一部の地域に密集していた。

 そもそも数が少ない魔法師たちは、いざという時に備えて王城の周囲に意図的に集められていた。

 国王さえ無事ならば国は再建できるということなのだろう。


 そんなことを考えている間にも、セルシアは少女に品物の会計を済ませて、手渡していた。

 両手いっぱいに品物を抱えて少女は店を出た。

 パッと見ただけだと重労働を課せられているようにも見えてしまう。


(まさか奴隷とか、そういうヤツじゃないよな?)


 現代ではない……ないことも無いのだろうが、日本においては許容されない奴隷制度。

 かつては日本も似たようなことをしてたのだが、現代人的感覚で言えばあってはならないことだ。

 異世界では当たり前の事だとしても夜一は許容しかねていた。


「店長。まさかあの娘、奴隷とかじゃないですよね?」


「奴隷ですか? 今はもう法令で禁止していますから、公の場で奴隷は見ませんね」


 どうやら奴隷ではないようだ。

 セルシアの含みを持った言い回しは気になったものの、今は深く追及しないでおく。

 すると、セルシアは情報を付け加える。


「奴隷もなにも、あの娘、人ではないですよ」


「え?」



 話を聞くと、かなり精巧なゴーレムだったとのこと。

 魔力で動いているらしい。さすがは異世界。

 そんな驚きと共に、POSシステムのデータを見て二重の驚きを得る。


「なんだこれ?」


 どれどれとデータを覗き込んでくるセルシア。妙に距離感が近い。

 夜一は、柔らかな感触を腕や背中で感じながら、情報を整理していた。

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