魔王は惚れ症②

 夜一に策はない。だが、目の前の暴風雨を止めなくてはならない。

 メフィストは「結婚してくだされば何の問題もない」と頻りに勧めてくる。

 まるでそれは優良物件を連呼する不動産屋のようであった。


(そんなに「いい」を連発したら価値を損ないかねないぞ)


 こんな時にまで営業トークとしての出来を考えてしまうあたり、夜一はすでに商人と言えるのかもしれない。

 腕を前でクロスさせ、正面から吹き付ける風をガードしながら前進。やっとの思いで風を抜けると魔王に声を掛ける。


「ハァ…………。ん? なんだヨイチか。私は今、とても落ち込んでいる」


 声に気づき魔王は振り向く。


「だから、金の話の内容いかんによっては、この辺り一帯を消し飛ばしてしまうかもしれない。

 それでも私と話がしたいのか?」


 正直したくない。できる事なら関わり合いになりたくないのが本音だった。


(会話のハードルが高すぎる。気分を損ねたら死んじゃうじゃん!?)


 やらねばやられる。ただそれだけだ。


「もちろん、話しかけます」


 ゴオォォォと風を強めながら「そうか」と一言。


「その……結婚は無理だけど毎月逢いにきますよ。それじゃダメですかね?」


 ドキドキしながら夜一は優しく問う。


「……ヤダ」


 返事は、なんか可愛い。まるで子どもがすねたような返事だった。


「どうして!?」


 魔王は暗い表情になり、


「だって…………、どうえ、私が魔王だから取り入りたいんだろ? 私と仲良くしていれば色々な見返りが期待できるものな」


 こじらせすぎて、とことんひねくれた思考になってしまっている。

 ネガティブ思考が止まらない。


「ち、違います!」


 夜一は魔王の方を掴み、叫んでいた。


「え…………」


 ビックリしたように固まる魔王。


「僕はただ、魔王さまに元気になってもらいたいだけです。もし、何もくださらないと言うのであればそれでも構いません。もしそうなったとしても魔王さまに逢いにきます」


「それはつまり、けっこ――」


「結婚はできませんが、お友達にはなります」


 釘を刺しておかねばなるまい。


「わ、分かったから離せ」


 ボソボソした声で魔王が言う。

 そこで夜一は我に返る。

 気付けば女性の方を掴み熱弁していた。

 慌てて手を放す夜一。そして後退り。

 戦々恐々とした状況を乗り切った(?)夜一に、「良いヤツなのだな」としおらしい声で魔王。


「それはつまり、お友達からというヤツだな」


「いいえ、違います」


 事態はややこしいまま、誤解という名の新たな拡大解釈が生まれた……。

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