魔王は惚れ症①

 夜一は良識ある判断を行った。


「すみません。結婚はできません」


「えっ……」


 ベアトリーチェは目を見開く。


「なんで?」


 互いのことを何も知らない状態でいきなり結婚というのが飛躍した話なのだ。

 出逢ってものの数十分。夜一とベアトリーチェの関係は他人――商談相手に過ぎない。


「まずいッ」


 焦るメフィスト。

 一体何事かとメフィストの方を夜一は見る。

 石柱にしがみつくメフィスト。その姿は非常に情けなく、イケメンが台無しである。


「ヨイチ様も何かに掴まってください。吹き飛ばされますよ」


 忠告の直後。

 室内であるにもかかわらず暴風雨が発生。発生源はベアトリーチェ。

 夜一は台風をやり過ごそうとするレポーターのように屈み、風を受ける体積を小さくする。

 負のオーラとでも呼ぶべき禍々しい魔力の本流。巻き起こされる暴風にまともに目を開くことすらできない。


「これどうなってるんですか!?」


 夜一は叫ぶ。

 メフィストも叫び返してくる。


「魔王様が駄々をこねているだけです!」


 風の中からブツブツと呟く声が聞こえた。


「フラれた……みんな私を恐れる。そんなに怖いのかな私……」


 虚ろな目をしている。


「昔は勇者たちが私を迎えにきてくれたが、私が「待っていたぞ勇者!」と出逢いを喜ぶとみんな「俺もだ」と言ってくれたのに剣を振るってきた……きっと私が綺麗じゃないから、みんな私を嫌いになるんだ……」


 ハァ。嘆息するベアトリーチェ。


(卑屈すぎる)


 すると瞬間。ベアトリーチェを中心に、ひときわ強く黒い重たい風が吹き付けた。


(コレって魔王のため息!?)


 夜一の思考が読めるのか、メフィストは説明する。


「魔王様は友達がおらず一人寂しい思いをしています。そんな中、ちょっとした親切を受けるとずっと自分の手元に置いておきたいと考えてしまうのです。

 そして、「待っていた」「また来る」といった類の言葉は魔王様にとっては告白も同然。自分を求めてくれていると解釈してしまうのです。それ故、少しでも優しくされると惚れてしまうのです」


(めちゃくちゃ簡単!? チョロすぎる。何だか魔王がとんでもなく可哀想な奴に思えてきた……いや、実際に色々と可哀想か……)


「ヨイチ様が何とかしてください」


「なんで僕!?」


 メフィストは大きく息を吐いてから「また、慰めて、その結果求婚されるのは勘弁です」


(すでに経験済みだったか)


 長年魔王に仕えて来たであろうメフィストの苦労は察して余りある。

 身の回りの世話をしているメフィストにベアトリーチェは日々感謝しているだろう。

 そう考えると……察することなどできないかもしれない。


「さすがに毎回というのも可哀想だよな」


 メフィストに同情したはいいが、夜一はなに一つとして解決策を見いだせていなかった。

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