魔王との取引

 夜一とベアトリーチェは顔を突き合わせていた。

 商談は岩礁に乗り上げていた。

 金銭は要らないと言うベアトリーチェ。そもそも物欲がないのだ。


 金も物も要らない。魔王城には大抵の物は揃っている。

 生活を送るうえでの必要は満たされている。

 武器や防具も彼女の力を考えれば不要だろう。


 夜一は取引できるモノがなかった。

 ベアトリーチェは宝玉を渡すことで嫌な思いをする。タダだから対価を払う必要がないなどということはない。

 精神的苦痛を伴う。その苦痛に対する補償は必要だ。


「でも僕が差し出せるモノなんてないですし……」


「魔王様は調度品にもこだわりがありませんからねぇ……」


 夜一とメフィストが妥協点を探る中ベアトリーチェがもごもごとなにやら呟いている。

 二人はベアトリーチェの声に耳を澄ませる。


「……が……れる……なら……」


 もじもじと恥じらう様子は普通の女の子だ。

 肩に流した髪から覗く首筋はほんのり赤く染まっていた。

 俯き気味に顔を背けるベアトリーチェの顔は窺えないが、赤面しているであろうことは想像に難くない。


「ヨイチが来てくれるだけでいい……」


 勇気を振り絞ってベアトリーチェ。

 しかし、夜一は察しない。


「どういうことです?」


「お友達になりたいのですよ。魔王様は」


 察することのできる男、メフィスト。だが、配慮が足りない。

 コミュ障気味のベアトリーチェへの気遣いが皆無な発言。

 魔王はただの内気な女の子になり、両手で顔を覆う。


「恥ずかしい」


 消え入りそうなベアトリーチェの声を聞いた夜一は、こちらも無遠慮に両手を顔から引き剥がす。

 両方の手を取って、「宝玉を取りに何度でも来るよ」と体を乗り出す。

 反射的に仰け反るベアトリーチェ。


「よかったですねぇ」


 考え深そうにメフィストが涙を浮かべて拍手をしていた。


 夜一からしてみれば、自分が品物を受け取りにくるだけでいいのだから儲けものである。

 しかし、夜一は知らなかった。

 コミュ障な魔王の脳内変換は普通のそれとは違うことを。


 ベアトリーチェの脳内検索エンジンにキーワードが打ち込まれる。

 定期的に来る、逢いに来る、etc.

 その結果ヒットしたワードは「結婚」。


(私の……旦那様♡)


 ベアトリーチェの脳内でとんでもない飛躍をしていることに気づく者はいなかった。


「き、挙式はいつにする?」


「「???」」


 男二人は疑問符を乱立させる。


「魔族たちはもちろん。人間たちにもお披露目する必要があるな!」


 頬を染めながらベアトリーチェが言う。


 疑問が解消される前に新たな疑問が生まれる。

 その繰り返しに、夜一が「結婚」というワード――壮大な拡大解釈に気づくのはだいぶ話が進んだ後である。

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