モノの価値は人それぞれ
それはまさに宝の山だった。
王都で目にしたモノよりも数段輝きの強い宝玉。
それらが無数に、それも転がっているのだ。まるで道端の石ころのように。
「こ、これです、宝玉。それもこんなに上質な……」
夜一は言葉を失う。
瞬間、考えてしまう。
(これ、予算足りないよね)
明らかに市場に出回らない代物。それらが、夜一の一存で動かせるお金でどうにかなるとは思えなかった。
しかし、メフィストはお金の問題ではないと言う。
詳しい話は魔王様から聞くようにと言われてしまう。
「取って食われたりしないですよね?」
「アハハ。大丈夫ですよ。魔王様はベジタリアンですから」
そう言う問題ではないのだが、夜一は何も言わなかった。
不安よりも金銭的問題は生じないという安堵感が勝っていた。
…………
……
…
ラストダンジョン最深部――魔王の間は、魔王の寝室から出るゴミを廃棄するダストシュートである。
魔王城は案内なしでは満足に歩くことすらままならない。
ラストダンジョンと呼ばれる場所は、言うなれば魔王城の配管や屋根裏などの部分を指す。
侵入者たちは魔物や魔族たちによって世紀のルートから外れるように誘導される。
正面から訪ねてくれば、何の危険も無く魔王に逢うことができる。
実際に何の力も持たない夜一が、魔王への拝謁がかなっている。
「楽にしてくれ」
澄んだ声が室内に響く。
声に従い一息つく夜一。
纏わり付くような視線に敵意はないが、お世辞にも心地いいものでははい。
視線の主はやたらと綺麗で、得体の知れない美しさをたたえていた。
すらりと長い手で、柔らかく長い髪を右肩に流しながら彼女は微笑む。
聖母のごとき微笑を浮かべた口元は自然と目が向く。
彼女が言葉を発するたびにその口元へと引き寄せられてしまう。
人ならざる者特有の美しさ。それが彼女にはあった。
体のラインがよく分かる薄手の白いドレス……というよりネグリジェ(?)を纏った彼女は神話に登場する女神のようだ。
ただ一つ、女神にはないモノを持っていた。
彼女の頭からはにょきっと生えた二本の禍々しい角だ。
「それで? 私に叶えてもらいたい願いがあるそうだな?」
さすがは魔王。言葉を発するたびに緊張感が生まれる。
(見えそうで見えないッ!?)
何が見えないのかはあえて言わない。察して貰えれば幸いである。
ハラハラドキドキである。
「魔王様、御召し物を着替えてきてはいかがです?」
気の利く男メフィストがそれとなく魔王に現状を伝える。
だが魔王は察しない。
「わざわざ面倒だろ? それに客人を待たせるのは好くない」
((ダメだったか……))
男二人の気持ちは一緒だった。
夜一は諦めて、話を切り出す。
「宝玉が欲しいのです」
「宝玉?」
「こちらです」
メフィストが宝玉を一つ取り出して見せる。
魔王は引きつった表情になり、「これが欲しいのか……」と微妙な反応を見せる。
「ダメですか?」
諦め混じりに尋ねると、「ダメではないが……」と歯切れの悪くなる魔王。
「だったら!?」
迫る夜一。
後退する魔王。
形勢逆転(?)である。
「ダメではないが、喜んであげるようなモノでもないしな……」
観念したように魔王は宝玉の正体について語りだした。
* * *
魔王ベアトリーチェは世界最強クラスの存在である。
無尽蔵に生み出される魔力は人種のそれを凌駕する。
その魔力は常に溢れ出ており、ベアトリーチェの意思では止めることができない。
水道の蛇口をひねったままにしていると水は永遠に流れ続ける。それと同じことがベアトリーチェにも起こっていた。
そして溢れ出た魔力は周囲に影響を及ぼす。
ただの石ころもベアトリーチェの魔力を吸収することで膨大な魔力を秘めた奇跡の鉱石となる。
それこそが人間たちが宝玉と呼ぶ代物だ。
即ち宝玉とは元を辿ればただの石ころなのである。
しかも作るために必要なのはベアトリーチェの垂れ流された魔力。つまりは製作費はゼロという訳だ。
だが、一つ問題がある。
溢れ出す魔力はベアトリーチェからしてみれば己の体内から出たモノ。それは人種にとっての抜け毛や汗と言ったモノと同位であった。
ベアトリーチェからしてみれば人種は、住居侵入、器物損壊などした挙句、彼女の髪の毛や汗といったモノを採取して帰っていく変態集団に他ならなかった。
そんな人種に対して彼女が好戦的になるのは仕方のない事だった。
盗られて困るモノではないが、無断で持っていかれて気分のいいものではない。
抜け毛を集めてスーハーしている奴は人間社会でも抹殺対象だ。
恥ずかしさを堪えて説明をした。
基本的に魔王城の外には出ないベアトリーチェ。そんな彼女は喋り下手だった。
それでも頑張って伝えた。
それなのに夜一は「それでも欲しい」「こんなに綺麗なのに」「魔王様すごいですね」と頑としてひかない。
むしろ猛烈にプッシュしてくる。
その圧に負けた彼女は、宝玉の取引を承諾してしまうのだった。
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