夜一の戦闘服

 王都を出て丸一日歩き、港町――ポルト・ハーフェンへ到着。そこからさらに船に揺られること三日。

 目の前に陸地が現れる。

 そこは暗黒大陸と呼ばれ、人々は滅多なことでは近づかない。

 ラストダンジョンこと魔王城の探索・攻略でもなければ、人間が暗黒大陸に足を踏み入れることのない土地。


 夜一たちは一日の野営を経て魔王城へと到達した。

 魔王城の正面に集合。

 冒険者たちは己が名声とお金の為に、夜一は宝玉の為に、セルシアは何の為にいるのだろう?

 野営中、いろいろドタバタした騒ぎやピンクなハプニングはあったが、全員揃ってスタートラインに立つことができた。


「さて、準備はいいか?」


 パーティーの指揮を執る男が仏頂面で言う。

 一人ずつ装備を確認していく。男の視線が止まる。


「なんだその服装は?」


「戦闘服です!」


 夜一は元気よく答える。

 王都を出発する前に、各自装備を整えておくように言われていた。

 だから夜一は大金をはたいて戦闘服をあつらえた。

 専門店がなく作るのに時間を要したが、無事に完成した。

 完全オーダーメイドのスーツである。

 例え相手が魔王でも礼儀を欠いてはいけない。そんな考えから選択した装備(?)だった。

 だが評判は最悪。


「そんな装備じゃ入った瞬間に殺されるぞ」


「そもそも装備じゃないだろソレ?」


 冒険者からすればふざけているように見えるのかもしれない。だが商人の武器は剣でも槍でもない。度胸とアイデアである。

 夜一のアイデアは書籍に頼るところが大きいのは事実だ(ほとんど自分のアイデアはない)。だが度胸だけならある。開き直っているだけとも言えるが。


「冒険者の方々は分かりますけど、店長のその格好は何ですか!?」


 夜一が驚くのも無理はない。

 セルシアが纏う鎧は神々しい輝きを放っていた。金属の類であることは分かるが、夜一の知識にないその輝きは明らかに異質だった。


「王家に伝わる武具です」


 間違いなく勝手に持ち出してはいけないヤツである。


「あっ、もちろん父には断ってあります」


 あの父親のことだ、セルシアが頼めば国すら明け渡しかねない。


「それ何で出来てるんですか?」


 素朴な疑問だった。

 間違いなくレアリティの高い素材で作られている。

 夜一の予感は正しかった。

 セルシアは答える。「オリハルコンです」と。


 冒険者たちがどよめく。

 頻りに「本物か?」と小声で言い合い、妬ましい視線を向けていた。


「そちらは問題なさそうだな」


 指揮を執る男はセルシアに目をやる。


「お前はここに残れ」


 きっと続く言葉は「足手まといだ」であろうことは察しがついた。


「俺たちだけで充分だ」


 どうやら夜一に配慮を示したらしい。

 口と顔の表情がずれている。

 嘘を吐くのであれば徹してもらいたい。


「行ってらっしゃい」


 夜一も子供ではない。我慢する。

 大人な対応を見せる。


 夜一を除いた一行は、正面にある門を開け放つ。

 するとどこからともなく執事風の男が現れる。

 整った顔、陶器のように透き通った艶のある肌、それらは人間のものとは思えなかった。

 実際に人間ではないのだろう。

 その男の頭からは二本の禍々しい角が生えていた。


わたくしの名は、メフィスト・フォレスと申します。魔王様にお仕えする者です。皆様方のお名前をお聞きしても構いませんか?」


 柔らかな口調とは裏腹に物凄いプレッシャーを放っている。

 これが殺気と言うヤツなのかもしれない。

 そして戦力外通告を受けた夜一以外の面々は戦闘態勢を整える。

 夜一は離れた場所で見守るほかない。


「強行突破だ!!」


 自らを鼓舞するような大声で冒険者が叫ぶ。

 他の冒険者も前進する。

 剣士が先陣を切り、魔法職が支援する。

 連携の取れたいいチームであった。だが、メフィストと名乗った男の力は圧倒的で、セルシアと冒険者たちは正面からの衝突を避け、障害物の多い城内へと駆けて行った。


 そして巨大な門はゆっくりと閉じていった。


 一人残された夜一はただ待っているのも暇なので、行動を起こすことにした。

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