メニューにも気を配れ(スイートスポット)②

 二日がかりでメニューを書き終えた夜一。

 一息ついていると、


「あら? これで完成ですか?」


 セルシアは窺うように尋ねてくる。

 セルシアが不安に思うのも無理はなかった。

 何故なら、メニューには料理の絵の下に空白が存在していた。

 明らかに意図的に空けられたであろう空間。しかし料理の説明を書き込むにはいささか狭い。

 夜一は異世界の言葉を書くことに不得手なため、セルシアが代筆することになっていた。


(そんなに小さく書けるでしょうか?)


 料理の説明文を考えると分量的にかなり小さな文字を書かなくてはならない。

 セルシア自身手先は器用な方だが、限度がある。

 スペース的に厳しい。文字を米粒くらいの大きさに収めれば何とかなるかもしれない。


 料理は、夜一の故郷日本のものを参考にしている。

 なので料理の解説は夜一にしてもらう他ないのである。

 セルシアはペンを持ち、一言一句聞き漏らさぬように耳を澄ます。

 そして一言一句正確に書いて見せると決意していた。


「ではまず最初は……」


 息を呑む。


「《ノワール・プリュム》店名決定記念!!黒胡椒のパスタ!!」


「へ?」


 セルシアは拍子抜けした。


「それだけですか?」


「はい。それだけです」


 胡椒は砂金と取引される高級品。

 それふんだんに使ったパスタ――カルボナーラは異世界においては高級品となる。

 そのままバカ正直に説明文を書いてしまえば客の方が警戒してしまう。

 だからこそ夜一は気を逸らせるための手を打った。


「大きく書いてくださいね」


 セルシアは言われるがままに手を動かす。


 つい先日、食事処の店名が正式決定した。

 さすがにいつまでも名無しというのも格好がつかないと頑張って捻り出した名前である。

 夜一の苗字、黒羽を単語「黒」と「羽」に分け、フランス語にしただけ。

 何故フランス語なのか……何となくとしか答えようがない。

 夜一は「音」がいいという理由で決定していた。


 そんな店名決定を祝して作られた限定メニュー。

 フランス語の店名のメニューにイタリアン。

 しっちゃかめっちゃかではあるものの、異世界の住人にとってはフランスでもイタリアでも日本でも同じこと。異文化であることに変わりはない。


 さらに夜一はメニューの文章を読み上げていく。


「激辛三倍!! アツアツお鍋」


 セルシアは復唱しながら夜一の言葉通りに書いていく。


「大きくて、カラフルな文字でお願いします。価格より先にコメントに目が行くようにお願いします」


 人に書かせているくせにやたらと注文が多い。

 少し苛立ちを覚えながらもセルシアは夜一に従順に従う。


(これが惚れた弱みなんでしょうか……って違いますから!!?)


「どうしたんですか店長。顔赤いですよ」


「い、いいから仕事してください」


「いや、今してるんですけど……店長の方こそ仕事してください。ほら、手を動かして」



 このメニューの手直しの効果があったのか、確かな事は分からない。

 変化があったとすれば、セルシアの夜一への態度が少し柔らかくなったとか、なっていないとか……。

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