パーテーションの力は絶大(エッジ効果)
食事処の営業も安定飛行に入っていた。
適正な価格設定に店員の教育も怠っていない。
しかし何事もないかと聞かれれば否だ。
常に何かしらの問題は起きている。
それをいかに迅速に対処するかが重要なのだ。
お客様は神様。この考え方に則れば、店側はできる限りのサービスを提供しなくてはならない。だが、例外がある。悪質なお客――邪神である。
悪意ある客は敵である。
悪意と言うのはクレームなどの事ではない。
営業妨害。他の客の迷惑を厭わない、そうした考えの持ち主は許容することができない。
この日は、そんな客が訪れた日であった。
「オイッ! 料理はまだか!!」
一人の男が声を荒げる。
店内の中央に位置する席に座っているため目立つ。
アルバイトの店員がひたすら頭を下げて謝っている。
申し訳ありませんとひたすら謝り倒す。
店員にも店側にも問題はないのだから弁明も何もできない。
いちゃもんに店員は困惑。
完全に委縮してしまっている。
そしてついにはお客(だった男)はパーテーション代わりに設置していた観葉植物を蹴り飛ばす。
(あっ! タダじゃないんだぞ!!)
夜一は観葉植物を買った時のことを思い出して憤慨した。
異世界は生活必需品以外は基本的に高額だ。
観葉植物は勿論生活必需品ではない。故に現代の感覚で言えば高額な品となる。
そんな観葉植物を足蹴にされて夜一は男を睨む。
「責任者だせ!」
男が叫ぶ。
周囲の客が迷惑そうにため息をついている。
何とかしなくては……。
しかしそんなすぐに妙案など浮かばない。
だが、食事処の責任者は夜一である。
さすがにアルバイトにこれ以上の対応をさせるのは酷だろう。
夜一は男の前まで歩み出る。
「僕が責任者です」
男は料理が出てくるのが遅いと喚き散らす。
料理にも調理時間がある。先に注文しても後から注文した客の料理の方が調理時間が短ければ先に出てくる。
更には同じ料理なのに何でアッチが先に出てくるんだと声を荒げる。
(それはアンタの方が後から注文したからだ)
「なんだその顔は? 文句あんのか!?」
さすがに口には出さなかったが、顔には出てしまっていたらしい。
夜一は自分が思っているよりも表情豊かだった。
話を逸らすべく、観葉植物を蹴らないようにお願いする。
すると逆上した男は再び観葉植物に蹴りを入れる。
倒れそうになった鉢植えをギリギリのところで支える。
もう少しで倒れてしまうところだった。
植物越しに他の客がこちらを見ていた。
夜一は目が合った客に頭を下げる。
そこで思い至る。
思い付いたら即行動。
アルバイトを呼び、倒れたら危ないからと観葉植物を片付けさせる。
「お代は結構ですので」
そう断って男の席を離れる。
背中でまだ文句を垂れてた男だが、しばらくすると静かになった。
影からそっと覗いてみると、周囲の客が男に向けて視線を飛ばしていた。
無言の圧が男にのしかかっていた。
居心地が悪くなったのか、男は食事をすることなく席を立ち、店を出て行った。
「ありがとうございました」
きちんと挨拶をしてフロアに向きなおして、「大変ご迷惑をおかけしました」と謝罪の言葉を述べた。
店員一同頭を下げる。
そしてすぐさま夜一は、観葉植物を元あった位置に戻すように指示を出す。
人は他人の視線を気にする。
だから可能であれば客は端の席へと案内をする。しかし中央の席へ案内しなくてはならない時は必ず訪れる。
だからパーテーションを置いて死角を作る。
その死角がなければ他人の視線の集中砲火だ。
それも先程のように悪目立ちする輩には、敵意、嘲り、と言った負の感情の込められた視線が注がれる。
そんな中で食事ができるほど普通の人は肝が据わっていない。
そもそも人は端――隅が好きな生き物である。
広い部屋で寝ろと言われれば、多くの人は布団を部屋の端へと移動させるだろう。
中央は落ち着かない。これは人間の習性である。
そうした心理を上手く突いた撃退術であった。
夜一の機転で店内は落ち着きある空間に戻った。
このような事態は日常茶飯事。その都度、機転と偶然とを駆使して(?)危機を乗り越えていた――。
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