ただ行列に並ぶのは苦痛(公的自己意識)②

 ある日のアンケートにお客からの意見が書かれてあった。

 ただ一言。並ぶの疲れた。

 至極当然の意見である。

 アンケート用紙にこのような記述があったのは一枚だけである。

 だからと言って軽視していいものではない。


「やはり対処すべきですよね」


「そうでしょうね。意見を頂いたのは初めてですが、これが少数派とも思えません」


「そうですよね。皆さん書かないだけで並ぶのは辛いですよね」


「まあ、仕方ないと思ってはくれているのでしょうけど、不満な事に違いはありませんからね」


 この点に関して夜一とセルシアの意見は一致していた。

 しかし解決策は浮かばない。


「予約制にすれば並ばずに済みますよ」


「ウチはどう考えても大衆向けの店ですよ。そんなことやってたら回転率が下がります。それは利益が上がらないことを意味してますよ」


 夜一は即座にセルシアの意見を却下する。


「前日注文はどうでしょう? 前以って注文いただいていれば並ばずに食事できるようにしては」


「ダメですね」


 即断。


「そんなことしたら割り込みだって言って新たな不満が生まれますよ。それに、気軽に来ていただく大衆食事処は、その日にメニューを決めるのがいいんじゃないですか」


 セルシアは軽く窘められる。

 う~ん、と二人は頭を捻る。

 集客率は下げたくない。かと言って行列に生じる不満を放置するわけにもいかない。

 いかにして行列を無くすことができるか。


(客席数を増やす。いや、ダメだ店舗を増築する余裕はない。

 もしくは、高級店にシフトする。いや、これもダメだ。店があるのは王都の市街地、平民の住まう中流階層だ。高級店を出すのには不向きだ。出したところで客が来ない)


 完全に行き詰ってしまう。

 セルシアも頭を掻きむしりながら必死に策を模索してくれている。


「あっ、店長。髪ボサボサになってますよ」


 何気ない一言。夜一は見たままを口にした。

 するとセルシアは、慌てて髪を押さえつけて席を外す。

 手鏡を手にし、頻りに髪を触る。

 手櫛で充分に梳かせているのだが、セルシアは鏡を見るのをやめない。

 鏡に目をやっては髪を梳いたり押さえたり。

 話しは上の空。店の経営以上に身だしなみに気を遣うセルシア。


 人は誰しも他人の目を気にしている。

 もちろんそこに差異はあるものの、周囲の評価を気にしない人はいない。

 ナルシストでなくても人の目は気にする。

 自分の姿を確認することは自然なことだ。

 そして何か気になることがあると終始そのことに意識が向く。

 夜一の目の前で髪の手入ればかりしているセルシアのように。

 何か気になると時間が建つのも忘れて目の前の問題に没頭してしまう。


(あれ? コレ使えるんじゃない?)


 夜一の妙案をセルシアが聞いてくれるのは、それからさらに小一時間後のことであった――。

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