ただ行列に並ぶのは苦痛(公的自己意識)①

 最近人気を博している食事処があると聞いて、近所の主婦仲間を誘い、食事に出向いたのだが……。

 そこにあったのは行列。

 さすがは人気店である。連日行列が出来ていると言う。

 主婦たちは行列の最後尾に並ぶ。


 列は少しずつ前進するもののその速度は遅い。

 食事をしているのだからそれなりの時間はかかる。

 それが何十人ともなれば待ち時間はかなりのものとなる。


「ずっと待っているというのも退屈ねぇ」


 何もない時間程退屈なものはない。

 一人が文句を言うと、それに呼応するのが人の習性――嵯峨である。

 追随する主婦たちは文句を垂れる。

 その中の一人がふと気が付く。自分たちの醜い顔に。

 決して彼女は自分を客観視出来ていたわけではない。

 自覚させられたのだ。実際に自分の顔を見ることによって。

 食事処の外壁に一面鏡張り。店内の様子は窺い知れない。

 その代わりに自分たちの事は嫌という程見ることが出来る。


 鏡に映った主婦たちは醜態をさらしていた。

 自分の姿を客観的に見た――見てしまった彼女は今更ながら取り繕う。


「ま、まあ、人気のお店ですもの、仕方がないわよ」


 急な変わり身に訝しむ他の主婦たち。

 対して客観視できてしまった主婦は、今すぐその場から離れたい衝動に駆られる。

 ただただ恥ずかしい。周りの目が気になりだしたらどうしようもない。

 被害妄想かもしれないが、ずっと他の客に見られている気がしてならない。

 左右の足に交互に体重をかける。ソワソワしてじっとなどしていられなかった。


 しばらく後に他の主婦が、一瞬固まった笑みを作った。

 そしてすぐに何事もなかったように会話に戻る。しかし、話の内容は柔らかくなり、先程までは話し手だったにもかかわらず聞き手に回っていた。

 彼女もまた、鏡に映る自分を見たのである。

 そして彼女は前髪で顔を隠した。


 一人、また一人と鏡の自分を目視。そして押し黙る。

 風景に溶け込んでしまいたいと切望するもそれは叶わない。

 一人は背を曲げて縮こまる。他には、無表情の者、目を濡らす者、呼吸の早くなる者と見せる反応は様々だ。


 主婦たちはじっと鏡を見つめて髪や服装をチェックする。

 何度も髪を手櫛で梳かしては、服の皺を伸ばしてみたりする。

 そんなことを繰り返しているうちに行列は進み、彼女たちの番がきた。

 そそくさと入店するとホッと一息つく。

 脱力した主婦たちはいつものお喋りを封印。

 静かに食事をした。


 そして彼女たちは食事処からの帰る道すがら、各々はそっと誓った。

 これからはもっとお淑やかにしようと――。

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