アンケートの精査①

 食事処を開いて一週間。

 初日こそ単純なケアレスミスによってアンケートを書いてもらえなかった夜一だが、次の日からは筆記具も設置。

 こちら世界の住人たちは親切だったらしく、多くの人がアンケートに回答してくれていた。

 その集計を《ジャンク・ブティコ》の従業員総出で行っていた。


「ヨイチさん。これ、あと何枚あるんですか?」


「あと……二つですね」


「箱が、ですよね」


「……はい」


 木箱二箱分のアンケート用紙が残っていた。

 徹夜での作業で心身ともに疲弊している夜一の現実逃避をセルシアは許さない。現実を突きつける。


「店長は手厳しいですね」


「ヨイチさんは明らかに作業効率が落ちてます」


「店長がおかしいんですよ。何時間もぶっ通しで作業してるのに作業スピードが変わらない」


 セルシアはばつが悪そうに「まあ、魔法使ってますからね」と言う。

 夜一は一つの謎が解けた。

 夜一以外の従業員の作業効率が落ちこまない理由。

 異世界人は大なり小なり魔法が使える。日本人が物心ついたころには日本語を喋っているように。


 例えばセルシアは自動化オートの魔法を自身にかけていた。

 単純作業をこなすのにうってつけの魔法だ。

 作業を手伝いに来てくれた配送屋のアンナは、回復魔法をこまめに唱えながら作業をしていた。


(いいなぁ……魔法)


 夜一は自分にはない才能を羨んだ。

 そして、自分は休んでもいいのでは? という考えに辿りつく。


「僕は一度休憩をとっても……」


「ダメです」


 一刀両断。セルシアは告げる。


「そんなこと言っても、僕、体力的に限界ですし」


 事実であった。だがしかし、セルシアは一言「私たちはヨイチさんに付き合わされているのですけど?」。夜一は何も言い返すことができない。

 この世界においても言いだしっぺの法則――最初に提案・発案した人間が率先して実行しなくてはならないという理念――は順守されるモノらしい。


 夜一が休憩すれば他の者も休憩を取ると言っているのだ。

 それでは一向に作業が進まない。

 仕方なく夜一は、今にも閉じてしまいそうな重たい瞼を何とか持ち上げて睡魔と格闘する。

 あと何時間、否。何十分持つかわからない。

 一分一秒でも長く起きていなくては……

 危うく寝そうなところで踏ん張る。そんな夢を夜一は知らず知らずのうちに見ていた……。


 …………

 ……

 …


「集計終わったー」


 大きく伸びをしながら夜一。


「ヨイチさんはほとんど寝てましたけどね」


 事実を告げるセルシア。


「おかしい。この作業も給金に含まれているのはおかしいです」


 給与体制について疑問の生じているアンナ。

 三者三様の朝を迎えていた。


「それではアンナさん。朝の配達お願いしますね」


「あれ? これだけ頑張ったのにまだ仕事させるんですか!?」


「いや、本来の業務はきちんとやっていただかないと。アンケートの集計はアンナさんの善意ですから。ありがとうございました」


 深く、丁寧に頭を下げる夜一。

 しかしアンナは納得しない。


「これは不当な扱いです! 社長もなんとか言ってください」


「えっとぉ……」


 実のところセルシアは自動化の魔法のお陰で、まったくと言っていいほど疲れていない。

 しいてあげるなら、湯浴みをしていないことくらいか。

 なのでアンナの意見に素直に同意できない。理解ができないのだ。


「社長もですか!?」


 アンナは絶望する。

 概念は知らずともアンナの感じているソレは、現代日本でも問題となっているブラック体質そのものであった。

 まさに今、この瞬間に、異世界最初のブラック体質の加害者と被害者が生まれたのであった(?)。

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