アンケートは簡潔に

 食事処の滑り出しは順調。

 しかし夜一は満足していなかった。

 むしろ不安にさえ思っていた。


 夜一は異世界の住人ではない。

 金銭感覚も違えば醜美意識も違う。ありとあらゆる感覚、価値観が違うのだ。

 それに商人ではない夜にとって適正価格を決めるのは至難の業なのである。


 サクラ(無料・半額券に釣られた人々)の効果もあって客足が衰えることはない。

 だが、毎日無料、半額などしていたら店が破綻する。

 そのためには現状の適正価格を把握する必要があった。

 価格設定が低すぎれば利益が出ず、高すぎても利益は出ない。

 このくらいなら払える、払ってもいい。そう思える価格設定が求められていた。


 夜一の金銭感覚は当てにならない。

 ちなみにセルシアも元が付くとはいえ王族である。金銭感覚はこちらも当てにならない。

 つまり《ジャンク・ブティコ》には正しい金銭感覚の持ち主がいない。

 夜一とセルシア以外の正社員もいるにはいるが、全員商売人という事もあり、基本的にケチである。「自分ならこのくらい」と提示する金額は原価と変わらない。

 それでは利益は雀の涙となってしまう。


 そんな事態を避けようと夜一が考えついた方法が、客に丸投げ作戦である。

 客自身に価格を決めてもらうという手段に打って出た。

 そのためのアンケートである。

 現代日本でもアンケートは多く用いられている。

 だが、そこには一つ問題がある。

 客がアンケートに答えてくれるかという問題である。


 夜一自身、アンケートにきちんと答えた記憶はほとんどない。

 大学でもアンケートはあったが、適当に記入していた。

 飲食店に設置されたアンケート用紙に記入した記憶はない。

 アンケートがあっても回答をもらえなければ意味がないのだ。

 そこで、答え易い内容を心掛けてアンケートを作成した。


 まず、設問は少なくする。

 問いが十個なんてアンケートは答えたくない。答えなくてもいいのであれば答えないだろう。

 必要な書類などでも設問が多いとうんざりするものだ。

 自分に必要だと認識していても億劫な気持ちになる。それが必要に迫られないアンケートであればなおさらである。


 次に回答形式である。

 設問が少なくとも、記述式は避けるべきだ。チェック式が好ましい。

 記述はめんどくさい。大切な事なので繰り返す。本当にめんどくさい。


 そして最後にアンケートで知りたいことをきちんと把握する。

 今回、夜一はて供する食事の適正価格を知りたい。であれば、今回のアンケートではその一点にのみ焦点を当てるべきである。

 幾つも知りたい情報を詰め込むと主目的を見失う。二兎を追う者は一兎をも得ずとは正にそのような状況を指す。


 そうした事柄に配慮しつつ夜一はアンケートを作り上げた。



【アンケート】


 Q1. 当店を選ぶ際に重要だと思うもの(複数回答可)

  店員の対応.内装.店内の雰囲気.価格.品揃え.キャンペーン等の割引.

  メニューの説明.スムーズな会計


 Q2. 当店を評価してください

  ・店員の対応 (とても満足.満足.ふつう.やや不満.不満)

  ・品物の質  (とても満足.満足.ふつう.やや不満.不満)

  ・価格    (とても満足.満足.ふつう.やや不満.不満)

  ・会計時の対応(とても満足.満足.ふつう.やや不満.不満)



 たった二つの設問。

 この内容であれば時間を取らない。理想的なアンケートである。

 だとしても夜一はアンケートに答えることはないだろう。めんどくさいことに変わりはないのだから。

 異世界の住人たちが親切な人たちであることを願いばかりである。



 そうして迎えた開店初日。


 夜一は仕事に忙殺され、アンケートのことを失念。

 設置したはいいものの、回答するための筆記具を用意するのを忘れてしまっていたのである。

 夜一がそのことに気づくのは閉店後、クタクタになりながら店内清掃を終えて一息ついたタイミングであった。


 どっと疲れが倍増したと言う……。

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