食事処の開店(行列マーケティング)

 食事処の開店日。


 店の前には行列が出来ていた。

 無料券、広告に付けた半額券に釣られた人間が大勢訪れていた。

 ちなみに券には有効期限を設けた。そうしないと後々券を出された時に処理がめんどくさいという夜一の考えからであった。

 しかしそれがいい方向に向いた。期限を設けることで、券を期限内に使う必要がある。

 そこで客は期間内に券を行使しようと来店する。

 その結果、行列ができるのだ。


 行列のできる店は人気店。

 現代日本においてこれは真理かもしれない。

 日本人は同調する人種である。

 誰かがやっているから自分もやる。そうした同調した行動を取るのは日本人だけでなく知性ある生き物すべてに言えることだろう。

 それは異世界の住民も同じである。

 行列はそんな人間の特性を上手く利用した戦略と成り得る。


 行列のできるお店イコール人気店。そんな意識を人々は持つ。

 そうすると人は自分も人気店の味を知りたい、知っておきたいという気持ちになる。

 流行には乗り遅れたくない。それは誰しも思うことだろう。

 夜一だってできることなら流行の最先端を行きたい。

 だが、最先端は常人には理解できない点も多くあるので、やはり乗り遅れないくらいの方が妥当なのかもしれない。

 結局、夜一も日本人。事なかれ主義の同調を大切にする人間なのだ。


 そして行列にはもう一つ利点がある。


「いらっしゃいませ。お席にご案内致します」


 急遽立ち上げた新規事業。人員は足りない。

 故に、夜一自身も接客をこなす。

 行列の最後尾は豆粒ほどの大きさになっていた。

 かなりの時間待たせてしまう。そのこと自体は心苦しい。

 だが、そのことによりある人間心理が働く。


 合理化である。

 学院の特別ルームでも行ったマーケティングである。

 誰しも損はしたくない。

 そこで、無意識のうちに考える。「これだけ並んだんだ、美味しくない訳はない」もしくは「並んだ甲斐あって、美味しかったなぁ」と思う。否、思いたいのである。


 他の人に同調(賛同)し、損をしたくないが為に記憶(感想)を上書きする。

 この二つの効果(人の特性)が合わさることで、美味しい料理を出すお店という認識をする。

 もちろん、ほんとうん不味い料理を出されたら不味いと感じる。

 人の味覚はそこまで馬鹿ではない、……筈である。

 あくまでも普通の味を二割増しで美味しく感じさせる、くらいに考えていた方がいい。

 だが、夜一は味の心配はしていない。なぜなら普通に美味しいから。


「思いの外客足がいいな。店外で食べれるメニューもあった方がいいかも」


 夜一が新たな戦略を練っていると、「注文!」と声がかかる。


「はい。すぐに伺います」


「こっちもいい?」


「はい!」


「おかわり貰えるか?」


「かしこまりました!」


 次々に声がかかる。


「おすすめは何?」


「まだ料理来ないんだけど」


「これってどこの料理?」


「酒はあるか」


 タダ飯にありつけるとあって大盛況。それは一向に構わないのだが、ホールの人手不足は大問題である。

 仕事に忙殺されるとはまさに今の夜一を指す言葉。

 猫の手も借りたい忙しさである。



 その日のうちに、夜一は各ギルドに破格の給与でアルバイトの募集をかけた――。

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