アイス革命(パッケージ戦略)①

 異世界の滞在が長引くと不満に思うことが一つだけ生まれる。

 食である。衣と住はどうにかなる。

 食だけは文明レベルがものをいう。

 現代日本において夜一は庶民。高級フレンチなんかとは縁もゆかりもない。

 ただ、お菓子やなんかは夜一でも購入し、食していた。もちろん、スーパーやコンビニで売っている価格のモノだ。

 お菓子でも高級品となれば、夜一の金銭力ではどうにもならない。


「アイス食いたい」


 久しく口にしていない。

 夏場はもちろん。冬場でも、温かい室内で食べるアイスは格別。

 そんなことを考えていると、


「何が食べたいんですか?」


 心の呟きを聞きつけたセルシアが訊ねる。


「アイスですよ。こっちの世界にはないですよね」


「アイス……?」


 セルシアの様子から、夜一は異世界にアイスが存在しないことを確信する。

 王国の第二王女(元が付く)が知らないということは少なくとも王国には存在していないということ。

 大陸の中でも王国は大国である。その王国の王族が食していないモノは存在していないと考えてもいいだろう。

 もしかすると辺境の地で食べられていたりするのかもしれない。だが、現代日本のようにメジャーな食べ物でないことだけは確かだった。


 アイスを知らないセルシアにどのような食べ物なのかを説明する夜一。


「卵に牛乳、あと砂糖があればできるかな……」

(あれ? こっちの世界でもアイス作れるんじゃ……)


 言葉の途切れた夜一をセルシアの端麗な顔が覗き込む。

 夜一の意識が現実世界へと帰還すると目の前には自分の顔。

 セルシアの双眸に映った夜一の顔が見る見るうちに赤くなる。


「つ、作ってみましょうかッ!?」


 夜一は声を裏返しながら提案する。

 よくよく言葉の意味を理解はしていないながらもセルシアは即答する。


「はい」


 何であれ二人の時間が取れるのならば構わないと、何をするのか聞くよりも早くセルシアは答えていた。


 …………

 ……

 …


 アイスの材料は簡単に揃った。

 砂糖はかなりの嗜好品で市場にはあまり出回らない。だが、セルシアは王国の第二王女。国王が手に入れられるものは彼女も手に入れられる。

 セルシアは問答無用で国王(父親)から砂糖を強奪。国王の制止を完全無視してセルシアは王城を後にした。

 国王の殺気を背中に感じた夜一は、セルシアの後にピッタリとくっ付いて歩いた。

 砂糖と引き換えに夜一は国王の反感を買ったのである。



 手作りアイスの作り方


 ・アイスの材料を混ぜる→アイス原液

 ・アイス原液を冷やす→完成


(簡単だ)


 しかしそれはあくまで現代であればの話である。

 そもそも異世界に生クリームが存在しない。

 牛乳から作れるらしいがどうすればいいのか夜一にわかるはずもない。

 夜一の料理スキルは皆無。焼けば取り敢えずは食えるをモットーに調理をする。


(取り敢えず牛乳を分離させればいいはず?)


 まるでその方法が見当つかない夜一はセルシアに助けを求める。


「分離ですか……」


 少し考えて、「できると思います」とセルシア。

 牛乳に手をかざすと魔法陣を展開。

 空中で牛乳が渦を描く。

 物凄い回転は遠心力を生み出す。

 しばらくすると現代の生クリームとはイメージが違ったが、牛乳ではない何かが抽出できた。

 この何かこそが異世界初の生クリームなのであるが、夜一はそのことに確信が持てずにいた。


 ここで文明レベルの違いがアイスへの道を切り開いた。

 現代で売られている市販の牛乳にはホモジナイズ処理が行われている。品質と言う点においては必要な処理だ。

 だが、その処理が行われるため、現代で市販される牛乳から生クリームを抽出することはできない。

 しかし異世界は違う。そうした処理という概念がなく、技術も確立されていない。

 そんな世界だからこそ生クリームの抽出ができたのである。


 そうして出来上がった奇跡的偶然の産物を混ぜ合わせてアイスの原液を作る。

 後は冷やすだけ。しかしこの世界に冷蔵庫はない。だが魔法がある。


「店長。氷とか魔法で作れません?」


「作れますよ」


 即答であった。

 魔法で出してもらった氷に塩を加えて袋に詰める。原液を容器に入れて氷袋を巻きつけ一気に冷やす。

 記憶の片隅にある知識に従い容器を振る。

 その行為に効果があったのか定かではないが、ものの十数分でアイスは完成した。


 初めて目にする食べ物にセルシアは瞳を輝かせる。それは好奇心満ち溢れる幼子のそれであった。


 一口。


「ん~~~~ッ!!?」


 声にならない声を上げたセルシアは満面の笑みを浮かべた。

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