雑誌の特集と裏の事情①
王立学院での商売は軌道に乗った。
紹介制の導入によって集客率は向上。黒字経営である。
夜一の目論見通り会員の学生はもちろん、紹介されて初めて特別ルームへと足を踏み入れた学生からも苦情はない。
そもそも夜一が紹介制にしたのだって、自分の環境を壊されないように似たような学生を連れてくるだろうと見越しての戦略だった。
自分のテリトリーには近しい者を選ぶ。そして近しい者とは考えを共有できる者。
静かな空間を求める学生はわざわざ騒がしい人間を連れて行こうなどとは考えない。
そうした緻密な(?)計算のもとにエクスマの基盤は作り上げられたのだ。
そんなノリノリな《ジャンク・ブティコ》に来訪者がやってくる。
…………
……
…
「取材ですか」
「はい!」
この世界にも新聞や情報誌と言ったメディアは存在する。
そうしたメディアの一つ。《王都ジャーナル》は王都における情報源である。
しかし、夜一はそんなことよりも気になることがあった。
記者と名乗る女性の頭に付いたぴょこぴょこと動くうさ耳である。
「それは?」
失礼を承知で記者の頭に付いた耳を指さす。
「兎族です。お気に召しませんか?」
潤んだ瞳で夜一を見つめる。
「いやいやそんなことはないですよ!」
(それにしても兎族ってまんまだな)
必死に否定しながら、異世界人のネーミングセンスに苦言を呈する。
夜一は、うさ耳に触ってみたい衝動を抑えながら会話を続ける。
「最近の《ジャンク・ブティコ》の躍進は取材の価値ありです」
「ありがとうございます」
ド直球な褒め言葉は妙に気恥ずかしさを覚える。だが、《ジャンク・ブティコ》を代表する立場として堂々たる対応をしなくてはならない。
(そもそも僕の立場って何?)
夜一は経営の中核にいるものの客人であることに変わりはない。
本来であれば経営者であるセルシアが取材を受けるべきなのだが、あいにく留守にしていたため、夜一が対応している。
夜一は異世界の住人ではないが、《ジャンク・ブティコ》を含めた異世界に愛着を抱いていた。
だから《ジャンク・ブティコ》の宣伝はキッチリこなす。
「なるほどぉ~」
記者のうさ耳――ソフィアと自己紹介を受けた――は、夜一の話に耳を傾けていた。
感情が耳に表れるようで、興味のある話のときはピンとまっすぐに立ち話を聞き逃さないようにし、あまり関心のない話のときはぷらぷらと落ち着きがなくなる。
気分が良くなると忙しなく耳が動く。見ているとなかなかに面白い。
犬のしっぽ並みに感情が駄々漏れである。
そして夜一は欲望に抗うことが出来ずに、耳を触らせてほしいと懇願する。
戸惑いながらもソフィアは「どうぞ」と頭を差し出す。
すると目の前には柔らかそうな毛に覆われた耳がある。
ゆっくりと包み込むように触れる。
「おおっ!」
夜一は感嘆の声を上げる。
毛並みはまさしく獣のそれだが、耳と腰のあたりからちょこんと覗く丸いしっぽ以外は人間そのもの。言葉にできない背徳感が病みつきになる。
人肌の温もりを掌に感じながら、その流れるような毛並みを堪能する。
獣人には全身に体毛を生やした者もいる。それだけ獣の血が濃いということだ。
その点、ソフィアは獣の血が薄いということだ。
夜一がケモ耳を堪能していると、ソフィアが肩を震わせ始める。
内股を擦り合わせる。艶っぽい。
少し掌に感じる熱が高くなっように感じる。
ソファの耳は鋭敏。些細な音も逃さない。
そんなソフィアの耳が常人には聞こえない音を拾った。
ちなみに、夜一がソフィアのケモ耳を堪能している間も取材は続行されていた。
ガチャリとノブが回される。
その音は人間の夜一の耳にもハッキリと聞こえた。
扉の方を振り返るとそこには帰宅したセルシアがいた。
なぜか目が座っている。普段怒らない人ほど怒ると怖いものだ。
そのことを身を以て夜一は体感していた。
「で、では取材はこの辺りにして、私は失礼しますね」
素早く身支度を整えるとソフィアは脱兎の如く逃走した。
(兎だけに……って、説明してから帰ってよ!?)
何も悪いことはしていない。でも、えも言われぬ罪悪感を夜一は抱いていた。
確かに女性の頭――正確には耳だが、を撫でていたのだ。傍から見れば変態チックな光景であることは間違いない。
その後、セルシアに事の経緯を説明して許してもらえたのは陽が完全に沈んでからのことだった。
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