エクスマの為に満足度を高めろ! 試食を勧める(返報性の原理)

 さすがに毎日国王専属の料理人は貸し出せないと、宰相がやつれた顔で言ってきた。

 仕方がないので、「それじゃあ、お弟子さんでもいですよ」と提案すると国王は即決。

 専属料理人の弟子と引き換えに娘との時間が手に入るのだ。文句が出る訳がない。

 宰相は頭を抱えて唸っていたが、夜一は見て見ぬふりをした。

 苦労は分からなくもないが、夜一たちも必死なのだ。宰相の胃に穴が開こうと関知はしない。あずかり知らないことである。


 専属料理人の弟子とは言っても腕は一流。師匠と遜色ない。

 折角だから何か手を打ってみようと考え、夜一は配達業務を終えたアンナを従え学院へ向かった。



 アンナに与えた仕事は試食の提供。「どうぞ」と試食を差し出し、笑顔を振りまく仕事だ。

 ……言い方は悪いが、間違ってはいないだろう。


 夜一は今回、お弟子さんには今まで通り簡単な料理を作りながら、その片手間に自分の料理研究に時間を割いていいと言ってある。

 簡単な和え物程度の品しか作らないので時間はたっぷりあるはずだ。

 そして直に料理の感想を客から聞くことのできるチャンスだ。

 向上心ある料理人ならばこの話しに乗ってくるだろう。

 そして、夜一の睨んだ通り料理人は試食提供の案を受けた。

 後はいつも通りに営業するだけだ。


 ちらほら《ジャンク・ブティコ》の様子を窺う学生の数が増えていた。

 今や学院のちょっとしたトレンドである。

 併設された部屋が気になるのだろう。

 防音に加えて認識疎外の魔法を二重に掛け、プライバシーを守る。人は秘密にされると必要以上に気になるものだ。

 加えて会員証は初日にしか配布していない。毎日配布したのでは限定品に意味がなくなる。

 希少価値とは希少性が損なわれればもはやゴミ当然。会員証も同じことだ。


(そろそろ次の手を考えなくちゃ……)


 だが、学院での仕事は特別部屋だけではない。《ジャンク・ブティコ》学院店の通常業務もある。


「いらっしゃいませ。ようこそジャンクブティコへ」


 …………

 ……

 …


 とある学生の話。



「なぁなぁ、あの部屋の中どうなってるんだよ。教えてくれてもいいじゃねぇか」


 友人は困ったように、「張り紙に書いてある通りだよ」


 彼の言う張り紙には「安らぎの一時を」。

 これではサッパリ何もわからない。


「今日は料理人の新作料理が試食できたんだ。王族の方々が食すよりも先に食べられたと思うと考えもひとしおだよ」


 そう言う友人の表情は砕けていた。締まりのない顔である。

 それほどまでにあの部屋は良い場所なのか?

 考えてもまるで分らない。しかし、一つ言えることは、友人は大満足していると言うことだけである。


 …………

 ……

 …


「お疲れ様ですヨイチさん」


 元気よく挨拶をするアンナに釣られて夜一の声も大きくなる。


「あっ、アンナさん。お疲れ様です」


 夜一とアンナは現在、清掃作業中。すでにアルバイト二人と料理人は帰宅。

 初期のアルバイトにはかなり過酷な労働を強いていた。当の本人は気にしていないようではある。

 だが、《ジャンクブティコ》は今やギルド認定の優良店――円卓議会の一角である。

 働き方改革。ブラック体質からホワイトな企業への道を歩み出したのだ。

 だから率先して上の者が動く。その結果、正社員であるアンナは清掃に参加している。

 モップをかけながらアンナが尋ねる。


「今日、私がいた意味ありました?」


 アンナがそう質問するのも無理はなかった。

 ただ、試食を勧めていただけなのだから。

 試食はタダ。利益はない。

 充分お金の取れる料理ばかりであった。


「もちろん意味はありましたよ。試食があるだけでは意味がないんです。誰かから提供されたことに意味があるんです」


「どういう事です?」


「アンナさん。モップ、僕が片付けておきますよ」


「え? あ、ありがとうございます」


「それです!」


 夜一は声を弾ませる。


「今、僕の些細な行動に感謝しましたね? これこそが試食提供の狙いです。

 自由に取って試食をできるようにするより、手渡しで試食を受け取った方が心情的に思うところがあるでしょう?

 「ありがとう」っていう感謝の気持ちが芽生える。良くしてもらったとかそんな感じ? に思ってもらえれば儲けものです。悪く思う人はいませんよ。押し付けはどうかと思いますけど。その点、アンナさんは今日の仕事に懐疑的なところがあったから、近すぎず離れすぎずのいい距離感の接客でしたよ」



 全ては夜一の思惑通り。《ジャンク・ブティコ》学院店の改革まであと一歩?

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