顧客争奪戦(エクスぺリエンス・マーケティング)②

 夜一は学院店の改装に着手した。

 大きな工事をするわけではない。スペースを確保し思いついた打開策を試みてみるだけである。

 万が一失敗してもいいように改築等の大規模工事は避けた。


 それに、急遽入ったアルバイトは二人とも男性冒険者。力仕事をさせるのにはもってこいだった。

 まさかここまで見越しての人員配置かとも思ったが、おそらくは違う。それは直感的に分かった。

 国王との交渉によって《ジャンク・ブティコ》が使用を許可された土地はまだ残ってる。売上次第では店舗拡大も目論んでいたが、現状その必要はない。残念なことだ。

 だがそのことが返って功を奏するかもしれない。

 この土地を活用することで、出遅れた分を取り戻せるかもしれない。


 そのために、


「すみません。今日はお店の方はいいので、これらの買い出しお願いします」


 夜一は必要な物をメモした紙をアルバイトに渡す。

 メモにはびっしりと文字が書かれ、紙を黒く染め上げていた。


「これ全部ですか?」


 一人のアルバイトが困惑の声を上げる。


「はい。お願いします」


「分かりました」


 渋々といった様子で二人は店を出ていこうとする。


「ちょっと待って」


 夜一は呼び止める。

 そしてもう一人のアルバイトに、「あなたはこっちをお願いします」とメモを手渡す。


「ついでに職人さんたちも確保して来てくれると助かります」


「はい……分かりました」


 用件は全て伝えた。夜一が仕事に戻るとアルバイト二人もお使いを果たしに店を出た。


 …………

 ……

 …


 さすがは職人。DIYとは違う。まさしくプロの業である。


 なんと言う事でしょう。今まで物置でしかなかったスペースが、匠の手により大変身。ウッド調の空間に。

 イスやテーブルといった調度品もウッド調に統一。観葉植物を置き緑のある落ち着いた空間に。

 ビフォーとアフターを見比べる番組にも引けを取らない仕上がりだ。


 大満足の夜一は、店舗兼自宅(夜一にとっては社宅?)である《ジャンク・ブティコ》へと戻るとセルシアに報告する。


「それで、何故店舗に隣接する形でそのような空間をお作りになったんですか?」


 セルシアの疑問はもっともだ。

 夜一も説明はするつもりでいた。


「もちろん説明しますよ。僕たちは「体験」を売るんです」


「体験ですか」


 いまいちピンと来ていないセルシア。


「店長は同じ食事をするならレストランでの食事と便所飯、どちらがいいですか?」


 夜一は、酷い質問であることは重々承知していた。

 しかし他に例えが見つからなかったのだ。仕方がない。


「その二択でしたらもちろんレストランでの食事がいいです」


「そうでしょう。でも食事は同じです。なんでレストランがいいんですか?」


「なんでと訊かれても……」


 セルシアが言葉に詰まる。

 それを見かねた夜一は助け舟を出す。


「どうせ同じ食事なら楽しい気分、心地いい環境でとりたいですよね。僕たちはそうした「ライフスタイル」を売るんですよ」


「ライフスタイル?」


 異世界にはそうした概念がないのかもしれない。

 それでも需要はあるはずだ。

 喧騒ばかりでは人は疲弊する。時には静かな、のんびりした時間も必要なのだ。


「エクスペリエンス・マーケティング。略してエクスマです!」


「エクスマ?」


 セルシアは首を傾げるばかりだ。

 何だか懐かしい感覚である。時間は言う程経っていない筈なのだが、感覚的には懐かしさを覚えてしまう。

 夜一は、セルシアに現代知識を教えることに快感を覚え始めていた。


 エクスマは簡単に言えば体験や経験を売る事だ。

 一流店。ホテルを例にあげれば、料理や部屋は確かに一級品だろう。だが、それだけの為に顧客は高額な料金を支払うのだろうか。

 エクスマの理論では違う。

 商品の質以外に、雰囲気や一流の接客があるから高額な価格設定でも客は来るしリピーターも付く。

 このことを懇切丁寧に説明した夜一はドヤ顔。

 しかし、一言セルシア。


「ですが、お客様が減っているのだから環境を整えても意味がないのでは? 次にすべきことはお客様の獲得なのでは?」


 その通りであった。

 体験・経験を売るためには多くの客に足を運んでもらう必要がある。だが、今の《ジャンク・ブティコ》学院店にはリピーターはいない。それどころか顧客離れも始まりつつある。


「取り敢えず明日からお客集めに従事します」


 ノリノリ気分だった夜一のテンションは駄々下がり。

 現実を突きつけられていた。


「頑張ってください」


 セルシアは、そんな夜一の心中を知ってか知らずか、満面の笑みを向けていた。

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