人の噂も七十五日②
ライア・プルートは依頼を受けるため冒険者ギルドへとやってきた。
ライアがギルドに入ると今まで聞こえて来ていた喧騒が一瞬止まる。
視線が向けられる。嫌な感じだ。
そしてすぐにそれらの視線は霧散し、再び喧騒が戻る。
パーティーを脱退した盗賊は、基本的に一人でダンジョンに潜ったりはしない。
個の戦闘力なんてたかが知れているからだ。
だから盗賊個人では大きな仕事はできない。だから商人の依頼する調査や密偵などをこなす。
だが、近頃仕事が回ってこない。
商人たちもお抱えの密偵や、贔屓にしている冒険者がいる。大商人たちは特にそうだ。
その他の商人は特別贔屓にしている冒険者はいないはずだ。
だからこそ仕事にありつける。それなのに何でか知らないが、仕事がない。
仕方なく昼間から飲みに行くことが増えた。
ここでも冷ややかな視線を浴びる。
(なんなんだよ!)
イラつく気持ちを抑えながら酒を煽る。
不味い酒だ。ちっとも旨くない。
飯も不味い。口に入れるもの全てが不味く感じた。
常に誰かの視線を感じる。
戦場で殺気の飛び交う中を駆け回っていた頃よりもキツイ。
ライアは精神的に疲弊していった。
一週間もしないうちに手持ちの金は尽きた。
(仕事しねぇと……)
思い立ち、ギルドへと向かう。
受付嬢に訊ねる。
「オレが受けれる依頼はあるか」
答えは聞くまでもない。「ある」に決まっている。
だが受付嬢の答えはライアの予想を裏切った。
「ありません」
ライアは耳を疑った。
だから聞き直す。
「なんだって?」
「ですから、ライアさんがお受けできる依頼はありません」
「そんなわけないだろ!?」
ライアは受付嬢に詰め寄った。
それでも受付嬢は表情を崩すことなく言い放つ。
「一件も依頼はありません」
「商人の依頼が一件もないなんてことありえない」
市場調査は必須。それが行われないなんてことあるはずがなかった。
「何か考え違いをされているのでは?」
「考え違いだと」
「商人ギルドを始め、商人の方々からの依頼はあります」
「だったら――」
「しかし、条件付きです」
「条件?」
「はい。ライア・プルート以外の冒険者に依頼する、というものです」
(オレ以外……)
どういう事か、瞬時には理解できなかった。
受付嬢は一言。
「信頼を失った、という事でしょうかね」
この時、ライアは理解した。
自分が干されているということに。
***
ジャンク・ブティコにて――
「それで、あちこちで噂を流していたという訳ですか?」
セルシアは少し呆れた様子でため息をつく。
「噂じゃないですよ。事実です。甘い汁だけ吸っていられると困る……というよりムカつきますからね。お仕置きですよ」
夜一は、ハハハと声を上げて笑っているが、目は笑っていない。
復讐者としての満足感が彼の気分を高揚させるのか、次第に狂気じみた笑みを深めていく。
「冒険者も仕事ですから信用は大切ですよ。よくない噂はあっという間に広まって自分の首を絞めるんです。「人の噂も七十五日」という言葉が僕のいた世界にはありますけど、75日も仕事が出来ないとなれば、いい復讐になるでしょう」
勝ち誇った笑みを浮かべる夜一に、セルシアは「確かに」と同意する。
「ヨイチさんが娼館通いしていたことも、すぐに私の耳に入りましたしね」
ぐっ、と首を絞められたような呻き声を出し、夜一は沈黙する。
(人の噂も七十五日か……長いなぁ)
夜一は、復讐の代償の大きさをひしひしと感じていた。
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