数字を見極めなければ損をする(少数の法則)③

 夜一は調査資料に目を通す。

 まさかここまで有能だとは思ってもみなかった。掘り出し物かもしれない。

 きちっとまとめられた資料は読みやすく、分析についても文句のつけようがない。


「ビックリしました。ここまでお仕事が早い人だとは」


 お世辞ではなく、素直にそう思った。

 いやいや、とライアは謙遜する。


「他に仕事がなかっただけですよ」


 笑いながら言うライア。


「こんなことだったらもう少し報酬に色付ければよかったですね」


「いえいえ、大した仕事はしておりませんので」



 夜一にはこの言葉の真偽を判断する材料がなかった。

 夜一が言葉の真偽を知るのは、王立学院への出店後のことだった。


 …………

 ……

 …


 おかしい。

 売り上げが悪い。すこぶる悪い。

 開店資金の事を考えれば赤字だ。

 今まで順調に行き過ぎていた。心のどこかで、成功するという漠然とした自信があった。慢心と言ってもいい。

 開店資金はセルシアのポケットマネーから出ている。

 一体なんと言って謝ればよいのか、夜一は頭を抱えた。


「どうしたんですか、ヨイチさん?」


 セルシアには離さない訳にはいかない。

 彼女のお金であることは勿論、《ジャンク・ブティコ》の経営者でもあるのだから。

 夜一は包み隠さず事の経緯を話した。

 するとセルシアは調査書を手に取って、「この調査って確かなんですか?」と眉を顰める。


「どういう事ですか?」


「この資料なんですけど」


 そう言ってセルシアはグラフを指して、


「この数字って本当なんでしょうか?」


 そこには、80パーセントの学生が回復ポーションを求めていると記載があった。

 セルシアは続ける。


「なんで学生がポーションを必要としているんですか?」


 夜一は一考して、


「徹夜で勉強しているとか?」


 自分に当てはめて回答する。


「確かにそういう学生もいると思いますけど、80パーセントの学生が徹夜をしているなんて事ないと思いますよ」


 確かにその通りだ。

 夜一のように課題が出るたびに徹夜をしていた学生は確かにいた。

 だが、全員がそうだったわけではない。いつも通り万全の体調管理で清々しい朝を迎える同級生もいた。

 それに夜一も毎日徹夜をしていたわけではなかった。

 課題がない日は普通に寝て普通に起きる、そんな平凡な日常を送っていた。

 セルシアに確認すると王立学院にも試験はあるが、時期的に試験はまだまだ先とのこと。


「だとするとこのデータは間違い? 嘘の報告という事?」


「確かに変なところもありますけど嘘を書きますかね?」


 仮にもシルバープレートの冒険者だ。嘘の報告はしないと思いたい。

 だとすると可能性は……


「店長は何か気づいた事ないですか?」


 うーん、と唸りながらセルシアは、


「大したことじゃないかもしれませんが、人数がこの調査書では分かりませんね」


「人数?」


 グラフもある。それも一つや二つじゃない。


「このグラフもこのグラフも」


 次々に調査書のグラフを指さして、セルシアは言う。


「どのグラフにもの記載がありません」


 そこで夜一はハッとさせられる。

 なんで今まで見落としていたのだろう。

 人間は焦ると視野が狭くなる。そのことを痛感した。

 夜一は調査書を元に品物を選んでいた。

 だが、その調査書事態に大きな欠陥があった。数字のマジックである――表示の罠に引っかかったのだ。


 80パーセントという数値は、1000人中800人と5人中4人、どちらとも同じ80パーセントになるのだ。

 夜一は、80パーセントという数値を思い込みにより、多くの人に聞いた結果だと錯覚していたのだ。

 パーセンテージの大きさをそのまま――過剰に信頼してしまった。

 その結果、《ジャンク・ブティコ》に赤字をもたらしてしまった。


 謎が解けてしまえば簡単な事だ。寝不足気味な学生に声を掛け、欲しいものを誘導して言わせればいい。疲れている人間は体力の回復を望む。そうして得られた調査結果はひどく偏ったものとなる。


 あの盗賊、ライア・プルート。

 必ずこの借りは返す。

 倍? いや、三倍返しだ。

 夜一は決意する。


 そんな夜一を何処か楽しげにセルシアは眺めていた。

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