使えるコネは迷わず使え⑤

 セリーヌの自室にて。


「お父様は今回の一件をお断りするつもりです」


 ピシャリとセリーヌは言い切る。


「なぜなのか、お聞きしても?」


「理由は簡単です。お父様はヨイチさまの事がお嫌いだからです」


 一度も逢ったことがない国王陛下に嫌われる理由が分からない。

 そんな夜一とは対照的に、セルシアは何かに思い至ったように苦笑いを浮かべていた。

 そして、申し訳なさそうに「私の所為みたいです」と頭を下げた。


 尋ねてみると、近況報告で夜一の事を書いてからと言うもの、国王の態度が妙につんけんし始めたのだとか。

 そこまで聞いて夜一もようやく理解が追い付いた。


(なるほど、つまりは親バカ国王がやきもちを焼いていると言う事か……)


 一国の長が、小僧一人相手になにマジになってるんだか。

 少々……かなり呆れたが、口にするのは憚られた。

 セルシアとセリーヌは問題ない。だが、老齢騎士だけはダメだ。

 下手な事を言えば首が飛びかねない。

 セルシアとセリーヌは父親の愚痴を言っているだけだし、何と言っても王族である。

 対して夜一は平民。この世界においては平民とすら定義されない存在――よそ者に他ならない。

 小僧一人の首を飛ばすことくらい容易な事だろう。

 目の前の騎士はいきなり斬りつけてくることはないだろうが、国王に発言内容を報告するかもしれない。

 いや、むしろ報告する可能性の方が高いくらいだ。

 だとすれば、ここは当たり障りのない言動を心掛けねばなるまい。

 その様に考え、夜一は言葉を選びながら話をした。


「大丈夫です。ヨイチさんは私の従者扱いになっていますから、私の後に続いて同じように振る舞っていれば問題ありません」


 それでも一応、簡単な礼儀作法だけは王女二人に教わっておくことにした。


(備えあれば憂いなし、と言うしな……)


 …………

 ……

 …


 謁見の間。


 夜一はあんぐりと口を開けていた。

 目の前の光景に度肝を抜かれていた。


 国王との謁見を行う部屋は幾つかあるらしい。夜一たちが通されたのはその中で最も大きな部屋だった。


 すでに戦いは始まっているのだ。

 これは国王の先制パンチ。

 夜一は完全に空気に呑まれていた。


 部屋とはいっても、庶民である夜一には一生縁のない豪華な装飾に飾られた部屋だ。

 真直ぐに伸びる床は大理石。部屋の最奥にある玉座が遠い。

 今立っている場所が廊下なのではないかと錯覚するほどに、長くて広い部屋だ。

 そして部屋の両サイドには、多くの人が品定めするような視線を夜一に向けている。

 ざっと数えただけで20人以上はいるだろうか。

 プレッシャーに押し潰されそうになる。


 多くの人間がいると言うのに、聞こえるのは夜一とセルシア二人の足音と衣服の擦れる小さな音だけ。

 いやに心音が大きく聞こえて、自分の歩くペースすら分からなくなる。

 自然と歩幅が速まり、足が絡まる。

 こける。そう思った瞬間。

 セルシアの手が伸び、夜一の身体を支えた。


 瞬間。

 物凄い殺気を感じた。

 周囲の人たちが息を呑むのが分かった。

 国王陛下はセルシアとの接触がよほどお気に召さないらしい。


(なんだ、やっぱりただの親バカじゃないか)


 そう考えると荘厳な国王陛下もただの人。

 むしろ小僧一人を相手に、ここまで権力を使う国王の親バカぶりに少し笑えた。


「大丈夫ですか?」


 セルシアの問いにハッキリとした口調で答える。


「ええ、もう大丈夫です。心配おかけしました」


「心配なんてしていませんよ」


 そう答えたセルシアは、手を引っ込めて再び歩き出す。それに夜一も続く。

 玉座の方に目をやると、目を血走らせた国王のすぐ隣で、胸の前で小さく手を振るセリーヌがいた。


(見つかったら怒られるぞ)


 一気に気持ちが楽になる。

 何とかなる。でもきっとこの交渉は成功する。

 冷静に国王を見ればなんてことはない。

 ただの親バカとの交渉だと思えばいい。

 実際、親バカなのは間違いない。


 セルシアが国王に一礼する。

 それにならって夜一も頭を下げた。

 セルシアが挨拶をすると国王は朗らかな笑みを浮かべた。

 そしてセルシアに紹介される形で、夜一は一歩前に歩み出る。


「国王陛下。初めまして、黒羽夜一と申します」


 国王の鋭い眼光が夜一を射抜く。

 それでも夜一は一歩も引かない。


「今回、我々ジャンク・ブティコは王立学院への出店のご許可を頂きに参りました」


 …………

 ……

 …


 もちろん国王陛下は大反対。

 きっとセルシアが上目遣いで一言「お願い」と言えば即決で「いいよ」と帰ってきそうなものだが、それでは意味がない。

 今回の目的は二つ。

 一つ、《ジャンク・ブティコ》の王立学院出店の許可を得ること。

 二つ、国王本人とのパイプ作りだ。

 夜一と国王の個人的な関係を築くことが最大の目的だ。


 一頻り国王の反論――というよりもいちゃもんを聞き終えると夜一は国王へと歩み寄る。

 近衛が一気に間合いを詰めたが、老齢騎士が手を上げ静止。

 完全な味方ではないかもしれないが、敵でないことは理解して貰えているようだ。

 そして多少なりとも信用してくれているらしい。ありがたい。


 夜一は国王に耳打ちをする。


「今回の件。許可を頂ければ、進捗状況をセルシアさんに定期的に報告にしてもらいます。直接ね」


 セルシアに定期的に逢えると言う条件を提示する。

 そしてこの国王――親バカは、いとも簡単に頭を縦に振るのだった。

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