使えるコネは迷わず使え④

「すごい……」


 感嘆の声が漏れる。

 現代日本にいては味わうことのできない感覚だろう。

 大理石の敷き詰められた長い廊下。

 そして荘厳な不インキを醸し出す大きな扉。

 まさしく西洋建築と言った感じだ。

 建築の「け」の字も知らないが、日本建築でない事だけは確かだ。


 王都の街並みから、中世のヨーロッパがイメージ的にしっくりきていた。

 夜一の感覚は間違っていなかったらしい。

 ファンタジーゲームに登場するお城のイメージそのままの内装だ(イメージは人によって違うとは思うが)。


 廊下を歩く三人の足音がカツカツと小気味良く響く。

 するとそこへ一つの足音が合流する。


「お久しぶりです。お姉さま」


 片方の足を少し引き、軽く膝を曲げての優雅な挨拶。

 その一連の仕草には気品が漂っていた。


「セリーヌ様!?」


 老齢の騎士は片膝をつき、首を垂れる。

 その様子を他人事のように眺めていると、騎士は目配せで「お前も」と姿勢を正すように促してくる。


 見るからに高価なドレスも身に纏う目の前の少女は、その衣服に見合った人物。

 先程、お姉さまと言っていた。三人の中にお姉さまと呼ばれる可能性のある人物は一人しかいない。セルシアである。

 すると目の前の少女はセルシアの妹……つまり王女様と言う事になる。

 ようやくそのことに思い至った夜一は、急いでひざを折る。


「かまいません。楽にしてください」


 鈴の音のような軽やかな声で少女が言う。

 それでも夜一は背筋をピンと伸ばして、日本人のDNAに刻まれた分度器で測られたように正確な角度でお辞儀を繰り出した。

 フォーマルな場でも通用するはずだ。

 だが、少女は困ったように「お顔を上げてください」と懇願する。

 やはり足下で傅いている騎士のように振る舞うべきだったか? 


「セリーヌ。まずは自己紹介でしょう?」


 セルシアに言われて、ハッとした表情で、


「ご挨拶が遅れてしまいました。私は、セリーヌ・ニア・フェルメールと申します。以後お見知りおきを」


「あ、こちらこそ」


 一瞬、王女様ということを忘れて素で返答してしまった。

 でも、セルシアの妹さんだから大丈夫か?


「クロバ・ヨイチさまですね? お逢いできてうれしく思います」


 朗らかな笑みと共に向けられる言葉は柔らかい。

 建前ではなく本当に歓迎してくれているようだ。


「なんで僕の名前を?」


「城を出たとしても、私にとって姉であることに変わりありませんから、私は今でもお姉さまと手紙のやり取りをしてます。そしたらここ最近はずっと、ヨイチさんヨイチさんと手紙にしたためてあるものですから、私もどのような方なのかお逢いして見たかったのですよ。

 あなたの事を聞くためにいつも以上に手紙を出す羽目になりました」


 セルシアは怒っているのか恥ずかしがっているのか、慌てた様子でセリーヌの口を塞いでいる。

 そんな様子を眺めながら、つい最近まで仕事が増えてグロッキー状態だった配達屋のアンナの事を思い出した。

 この二人の私的な手紙が仕事を増やしていたと考えると、はた迷惑な姉妹だ。


「と、ところでセリーヌ。アナタは何をしに来たわけ? ただヨイチさんの顔を見に来ただけではないのでしょう?」


 ええ、その通りよ、と言った気がした。

 実際にはセルシアによって塞がれた口ではまともに音声にすることが出来ず、もごもご口を動かすにとどまっていた。

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