使えるコネは迷わず使え①
配送業の専属化などのコストカットにより、順調に《ジャンク・ブティコ》は利益を伸ばしていた。
今月の売り上げを確認している店主――セルシアの頬は緩んでいた。
(売り上げは右肩上がり、店長も笑いが止まらないわけだ)
複数の店舗を持つ《ジャンク・ブティコ》の総責任者であるセルシアは、本来は店長ではなく社長と呼ぶのが相応しい。
だが、一号店(本店)にいる限り店長という感覚が抜けない。
おそらくセルシア自身も同じで、店長呼びに躊躇いなく返事をする。
各店舗に店長を配置し、セルシアには社長という地位を与えたのだが、夜一もセルシアも、自分たちで決めた階級を持て余していた。
順風満帆。
傍から見ればそのように映るかもしれない。
しかし、実情はそんなに簡単ではない。
「店長。先月から売上、どのくらい上がりました?」
「先月ですか?……全体で13パーセントの売り上げ向上ですね」
声を弾ませるセルシア。
夜一は続けて質問する。
「先々月では?」
「それでしたら……20パーセントです」
さらに続けて、
「その前の月ではどうです?」
「37パーセントです」
(やはりそうだ)
《ジャンク・ブティコ》は成長を続けている。
だがその成長率は確実に落ちている。
スタートが赤字(マイナス)だったのだから、黒字に転じれば大幅な成長率を記録することくらい理解していた。
それでも実際にそれを目の前にすると浮かれてしまう。
仕方がない。人間だもの。
どこぞの詩人的思いを抱いていると、
「ヨイチさん、どうかなさったんですか?」
セルシアが訝しげな表情を浮かべていた。
「成長率が伸び悩んでいます」
セルシアは売上を見比べながら「確かに」と頷く。
「ですが、売り上げ自体は伸びているのですから、問題はないのでは?」
夜一はビシッと人差し指を突出し、セルシアの考えの甘さを指摘する。
「甘いですよ店長。そんなことじゃいずれ《ジャンク・ブティコ》は以前同様赤字に……ましてや今は複数店舗。赤字も、店舗数に応じて何十倍にも膨れ上がるかもしれません!」
想像してみたのだろう。
みるみるうちに顔から血の気が引いていく。
つい最近まで赤字経営だったのだ。想像することはさほど難しくなかっただろう。
セルシアが事態の重さに気づいたところで一つ案を提示する。
「そこで、さらなる《ジャンク・ブティコ》の成長の為に、新店舗作っちゃいましょう」
またですか? と口にはしないが、顔にはありありと出ている。
ポーカーとかやったら弱そうだな。
そんなくだらない事を思っていると、
「何か失礼なこと考えてますね」
鋭い指摘。
もしかしたら強いかも? と考えを改める。
「そんなことありませんよ」
否定すると、「そうですか?」といとも簡単に引き下がる。
やっぱり弱いかも……改めて評価を下す。
夜一の頭の中でそんなことが行われているとは、露ほどにも思ってないセルシアは尋ねる。
「新しいお店を出すにしても、どこに出店すると言うんですか?」
至極当然の疑問だ。
すでに商圏は確保した。だがそれは今ある商圏しか確保できなかったと言いかえることもできるのだ。
すでに商人ギルドの加盟店を始めとする多くの店が、王都での地位を獲得していた。
地位とは商圏とイコールと言っても過言ではない。
その中でも円卓議会に名を連ねる大店の地位――商圏は揺るがない。
大店はそれぞれ等間隔に店を構えている。
商圏という言葉はこの異世界にはない。しかし、その概念は存在する。
その証拠に大店は見事なまでに、互いの商圏を侵害しない絶妙な立地に店を構えている。
そこには《ジャンク・ブティコ》が割って入る隙などない。
だがそれはあくまでコネのない場合だ。
「あるじゃないですか。誰も手を付けていない新たな商圏――新天地が!」
はたと首を傾げるセルシアを前に、夜一は勝利を確信して高笑いをする。
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