専属配送業者(間接流通)②
「やはり間違っていませんね……」
セシリアは机の前で書類と対峙していた。
「どうしたんですか店長」
「品物の売り上げは順調に右肩上がりなのですけれども、収益にあまり反映されていないみたいで、収支の計算が合わないんです」
新たに開店させた新店舗の売り上げも上々。
商圏の拡大、確保という目的は達成。
ドミナント戦略自体は成功と言える。
「どこが合わないんですか?」
夜一が訊ねるとセルシアは各店舗の売り上げの記された書類を机の上に広げた。
各店舗黒字を記録していた。
「各店舗の売り上げを合わせると……この金額になるはずなんですけど」
こちらの世界の計算機――理屈はそろばんと同じ――をセルシアは夜一に示す。
見方が判らない。
そろばんすらまともに扱えないのに異世界の道具が理解できるはずもない。
そもそも、何度計算をしても意味はない。
セルシアは大切な事を忘れている。
店舗の収益は品物の売り上げだけではない。
運営資金。
店舗には常に利益とともに出費もある。
「店長。出費のこと忘れてませんか?」
この指摘にセルシアは、不満げな顔をして、
「私もそこまでバカではないですよ。ちゃんと利益から出費分を差し引いてますよ」
夜一は、見落としがないか書類に目を落とす。
(こっちの世界の文字まだ読めないんだった……)
数字はなんとなくわかるのだが、なんとなくでは計算は出来ない。
それが収益の計算となればなおさらだ。
「読み上げましょうか?」
書類に目をやったまま固まる夜一に心を見透かしたようにセルシアが言う。
「お願いします」
夜一は頭を下げる。
そんな夜一を見て、セルシアは少し誇らしげに書類を読み上げる。
夜一は、なるほどと一人納得する。
急成長を遂げ、店舗数を一気に増やした《ジャンク・ブティコ》の経営者が気が付かない事も頷ける。
赤字か黒字かという考え方しかしてこなかったのだから仕方がないと言うべきか。
「店長。複数店舗を開店して増えた出費は何ですか?」
「品物の買い付けですかね?」
「もちろんそれはありますね。でも、それは前からあった出費ですよね。
複数開店によって新たに生まれた出費ですよ」
セルシアは、大きく息を吐き長考の姿勢を見せる。
時間を取るほどの事でもないので、答えを言ってしまう。
「運送費ですよ」
「運送費?」
「そうです。品物の代金に加えて運送費もあるでしょう? 複数の店舗にそれぞれ配達してもらうという事は、店舗の数だけ運送費が増すというわけです」
得心という顔でセルシアは頷いている。
理解してもらえてたようで何よりだ。
「それでしたら、一度倉庫に配達していただいてはいかがでしょう?」
すぐに解決策が思い浮かぶあたりセルシアは頭がいい。
しかし、この案には問題がある。
「店舗数が増えましたからね。全店舗の品物を一つの倉庫に集めるというのは難しいと思いますよ。それに、各店舗から倉庫まで必要な品物を取りに来るのは手間です。時間の浪費ですよ」
確かに、とセルシアは自らの考えの欠陥に気付く。
そこで、夜一は提案する。
「一度品物を集めて配送をしてもらう、というのが現実的かと思います」
「その配送業者は複数ではなく一つの所にお願いするわけですね」
セルシアは話の本質を理解している。
品物の製造元となるメーカーからの「直接流通」よりも配送業者を間に挟む「間接流通」の方が配送の手間が省ける。
3つのメーカーから3つの店舗に品物を卸す場合、直接流通のであればメーカーがそれぞれに品物を下ろすため「3×3=9」。計9回の配送が必要になる。
対して間接流通であれば、「3+3=6」の計6回の配送で済む。
間接流通は店舗数が増えるにつれて配送回数の削減が出来る。
「ですが、そのような依頼は受けていただけないのでは? 他のお仕事もあるでしょうし……」
現実問題、現状の流通システムでは難しいだろう。
だからこそ、事は簡単なのだ。
「専属の配送業者を作るんですよ」
「作る?」
「ええ、商人ギルド参加に配達屋がありますよね。あそこから引き抜きます」
上手くいくでしょうか? と不安な表情を浮かべるセルシアに、夜一は断言する。
「大丈夫ですよ。この世界には労働基準法も何もないですからね。現状の労働環境よりもいい条件を用意するなんて簡単ですよ」
この世界には最低賃金だったりの決まりがない。
故に労働環境は悪い。
多くの人はそれに気付いていない。であれば、気付かせてやればいい。
すでに目星はつけている。
今度店に来たら交渉してみるか。
夜一は頭の中で交渉の算段を立て始めた。
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