「POP」の書き方②

 何故か、物凄く怒っていらっしゃる。

 重たい瞼を開いて、まだ肌寒い中を布団から出てきたと言うのに。加えてPOP作りの助言までしてあげたというのに、なぜ店長は怒っているのか。疑問である。


 店長の努力は認める。

 だがしかし、実らぬ努力というものは確かにあるのだ。

 寝る間を惜しんで作ったPOPが効果を発揮しないというのは中々に耐えがたいだろう。そのように慮って、先手を打ったつもりなのだが、コミュニケーションとは難しいものだ。伝えたいことの半分も伝わらないのだから。


 世の中で成功を収めてきた経営者たちは、人心掌握に長けているのだろう。もしくは圧倒的なカリスマ性で皆を率いているのだ。

 残念ながら夜一にはその様なスキルは備わっていなかった。


 あくまで夜一は、平凡な学生でしかない。

 経営の知識など皆無。

 あるのは、たまたま受講していた「経済学」の参考図書だけ。

 全ては見様見真似なのだ。


 だから、書籍に書いてあることしか教えることが出来ない。

 そこにある理論なんかはこれっぽっも理解できていない。だから、どうしても言い方が機械的になってしまう。

 改める必要性は感じている。だが、解決策が分からないのだ。


(ちゃんと勉強しておけば良かったな)


 今更ながら勉強の大切さを痛感する。

 小学校から大学まで、勉強した事なんて何の役にも立たないと思っていた。実際に役に立ったためしはない。

 いや、正確には無かった、だ。


 まさか、異世界なんて言う常識はずれの場所で、役立つ時がこようとは思ってもみなかった。

 そもそも何で異世界に俺は居るんだ?

 考えたら負けな気がして考えてこなかったが、さすがにひと月もこちらで過ごしていれば、元居た世界が懐かしくなる。

 ちょっとしたホームシックである。


 それでも帰る方法など分からない。

 だったらこっちの世界で逞しく生きてやる。

 そのためには衣食住の確保。その内、住は《ジャンク・ブティコ》頼みである。

 この店を潰すわけにはいかないのだ。


 そのためには購買意欲――売上に直結するPOPを作ってもらわねば。

 そう思い、アドバイスしたのだが、その仕方が悪かった。

 怒った店長は訊く耳を持たない。

 どうしたものか……。考えた末に勝負をしようと持ちかけた。


「自分の作ったPOPに自信がないのか?」


 その様に煽ってみたところ簡単に乗ってきた。

 店長チョロ過ぎ。

 少し店長の行く末が不安になってしまった。

 とんでもなく割に合わない商談を結んで来たり(結ばされたり)しそうだ。

 もしかすると過去にはそんな商談を結んだこともあったのかもしれない。


(後で過去の取引内容を精査してみる必要があるな)


 プンスカ怒る店長を尻目に、夜一は書籍を参考にPOPを作る。

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