「POP」の書き方③
ハン。
私は鼻で嗤う。
この「POP勝負」、間違いなく私の勝ちだ。
何故なら、POP勝負を持ちかけた張本人の作ったPOPの出来が、あまりにもお粗末なのだ。
吹き出しそうになるのを堪えるのに必死になってしまった。
大きく息を吸って心を整える。
改めて彼の作ったPOPを見る。
簡潔な文章を並べた簡単な作り。
・瀕死の傷もこれ一つで大丈夫。
・どんな毒にも対応。これ一本で安心!!
・冒険者の必需品。ポーションから鉱石まで大量に入る大口鞄。
・切れ味抜群! 果物から肉までスパッと切れる万能ダガーナイフ。
・翌日に疲れを残さない。栄養補給はこれ一本!!
ポーション、毒消し、鞄、ナイフ、栄養補給剤などなど……。
どれもこれも商品の良さを伝えていない。
確かに《ジャンク・ブティコ》は経営の傾いたお店だ。
それでも取り扱っている商品には自信がある。
大手商人ギルド加盟店にも負けず劣らずと言ったところだ。
それなのにこんな書き方では、そこいらのB級品と大差がないようではないか。
そんな風に思われるのは心外だ。プライドが許さない。
ポーションは確かに瀕死の傷でも治すが、それはポーションそのものが上位魔法に匹敵する効果を発揮するからだ。
それを可能としているのは、古を生きる盛りの賢者エルフ族の薬師の調合のお陰なのだ。
エルフは滅多に人種に品物を卸さない。
このポーションはとても貴重な品なのだ。
毒消しも毒状態だけでなく他の異常にも効果を示す。一種の万能薬だ。
鞄もワイバーンの皮を使い、職人の手作業で縫われた一級品なのだ。
ダガーナイフも鍛冶師ギルドの職人に発注した品だし、栄養補給剤もポーション並みの効果が期待できる品だ。
折角良い品物を取り揃えているのに、品物の良さが全く伝わらない。そんなPOPばかりだ。
丁寧な説明文に解説図まで書いた私のPOPの方が優れていることは間違いない。
POP勝負の方法は単純明快。
どちらのPOPの品物がより多く売れるか。ただそれだけだ。
互いに売り場を設けて勝負をする。
仮にも私は商人。
対してヨイチさんは商い事に関してずぶの素人である。
商人と素人。負ける訳にはいかない。
負けられない戦いがここにある。
…………
……
…
何故だ? 何故なんだ!?
言い訳のしようがない程の敗北。
私がPOPを置いた棚の品物は全然減っていない。
補充を確保していたというのに、全くもってその心配はいらなかった。
それどころか私の棚の補充分は、ヨイチの棚の補充分に回された。
納得がいかない。
私はキッとヨイチを睨み付ける。
背爪を求める視線を送ると、やれやれと肩を竦めて嘆息。
「だから言ったでしょ」
勝者は敗者に自身の勝利を宣告する。
「店長のPOPは大切なことが伝えられていないんですよ」
「大切な事ですか?」
「ええ、そうです。店長のPOPは自己満足です。だらだらと商品の説明を書いて、素人では理解しがたい解説図を載せる。コレのどこが自己満足ではないと?」
「……ぐぅ」
なんとかぐうの音は出た。
だがそれだけだ。
反論は全く出てこない。
私は声帯を失ったかのように口をパクパクと動かす。
まるで水面で餌を求める観賞魚のように。
「ふふ、ぐうの音は出るみたいですね」
目の前の彼は人を逆なでする天才なのか。
歯噛みしていると、
「そんな顔しなくてもタネは教えますよ」
そう言って経済学の書籍を開くと、ニホン語が読めない私の為に読んでくれた。
こういうところは優しいのに。何でいつもは冷たい対応しかしてくれないのか。
「商品・サービスは結果を伝えなくては意味がありません。消費者――お客様は商品の説明を受けても専門家ではないから大半の部分は理解できません。だから商品がもたらす結果をお客様には提示しなくてはいけないのです」
そこまで言うと、理解は追いついているか? と目配せをする。
私は続けてくださいと先を促す。
「では、店長が風邪になった時に薬を買いに行ったとします。その時に二つのPOPがあったとしましょう。一つには「ブロムヘキシン塩酸塩・ビタミンC配合!!」と書かれてあり、もう一方には「早く風邪を治したい! そんなあなたにお勧めします!!」。店長はどちらを選びますか?」
「ぶろ何とかとは何の事なのでしょうか?」
「薬の成分ですよ。ポーションに使われている薬草の事だと思っていただければいいかと思います」
「なるほど。わかりました」
「それで、店長は一つ目と二つ目、どちらの薬を買いたいと思われましたか?」
私は逡巡して、
「二つ目ですかね」
と答えた。
すると間髪入れずに、何故ですか? と矢継ぎ早に質問してくる。
「ぶろ何とかと聞かされても、何の事だか全くわかりませんし、風邪が治ればいいわけですから、価格に大きな差がなければ二つ目の薬を買うかと」
「そうでしょうね。それが普通の反応だと思います。店長が作ったPOPは完全に一つ目の薬と同じ過ちを犯しているんです。
お客様に結果が伝わらないPOP。風邪薬は風邪が治ればいいんです。それと同じで、ポーションは傷が癒せればいいし、毒消しは解毒できればいい。鞄はモノを入れる訳ですから、その収納量だったりを伝え、ダガーナイフはその切れ味を伝える。他の商品にも同様の事が言えます。
その商品が目的・用途を果たしてくれるのか、そのことさえわかればいいんです。ですから、店長のPOPはお客様からしてみればただの押し付けでしかないわけです」
お客様のことを第一に。
そんな商いの基本中の基本出来ていると思っていた。けれども実際はちっとも出来てはいなかった。
私は黙って自室へと向かった。
情けないやら恥ずかしいやら、色々な感情が渦巻いていた。
そして、この日から私がPOPを手掛ける事は無くなった。
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