異世界初のクーリングオフ導入(保有効果)③

「あのぅ……ヨイチさん。質問があるのですが」


 セルシアはおずおずと話しかける。

 ヨイチは、ん? とめんどくさそうな顔と共に倦怠感を纏い振り向く。


「なんですか? 店長」


 この人は本当に私を店主だと思っているのでしょうか? 従業員であるはずの彼の方が幾分態度が大きいような気がします。

 そんなことは今に始まったことではないので、目を瞑る事にします。

 ……なんだか悔しいです。

 そんな個人的な葛藤はポイと横に捨てて、


「クーリングオフって売上に繋がるんでしょうか?」


「どうしてですか?」


 彼は、まるで無知な子供に向けるような慈善的な眼を私に向けます。


「クーリングオフって言うのは使用、未使用に関わらず品物の返品に応じる、というモノですよね? もし使用済みの品物の返品に応じれば儲けは無し。加えてその品物はもう売り物になりません。むしろ損をしてしまうのでは?」


 私も商人の端くれ、利益を上げなくてはならないのです。

 盲信的に彼の話を信じる訳にはいかないのです。


「そうだなぁ……」


 顎に手をやりなにやら考えを巡らせる。

 彼は、例えばと話し始めます。


「僕が、明日から迎えの通りにあるお店で働くことにしました。と言ったら店長はどうしますか?」


「それはヨイチさんがウチのお店をやめると言う事でしょうか?」


「まあ、端的に言えばそうなります」


「それは嫌です。折角お店も軌道に乗り始めたところなのに」


「そうですか。でも、僕と店長の関係って赤の他人でしかないですよね? まだ、出逢ってひと月も経ってないですし。僕は店長に何の義理もない。強いて言えば、お店に泊めていただいたので宿代が浮いたくらいですか。ですが、それも僕が提供した経済学の知識で好転したお店への貢献度を差し引けば、御釣りがくるくらいかと」


 事実ではあるのだが、何だか癪に障るものの言い方です。


「そうかもしれませんが、私はこれからも一緒に。このお店で働ければいいなと思っています」


「赤の他人の僕と?」


「はい。そうです。今まで一緒にやってきたんですから。今更他の人と何て考えられません」


「それですよ店長!」


 どれ?

 疑問符を浮かべる私に、


「店長は僕に愛着がわいているんですよ。経済学の知識を教えてくれる人間なら誰でもいいですか?」


「いいえ。そう言う訳ではありません」


 私は彼が言わんとしていることが分かった気がした。


「つまり、人は愛着がわくとなかなか手放すことが出来ないんですよ。それはすでに自分のもので、それを返品すると言うのは自分の所有物を手放すことと同義なんです」


「確かに、愛着あるものはお金を出されても手放したくはないですね」


 そうでしょう、と相槌を打ちながらヨイチは笑う。


「何がおかしいんですか?」


「いえ、店長がそんなに僕に愛着を感じてくれていただなんて知りませんでした」


 妙に小ばかにしたようなニヤニヤ顔が腹立ちます。

 私は「知りません」とそっぽを向いて店内の掃除へと向かいます。


「僕も店長に愛着感じてますよ」


 どこまで本気か分からない、からかいを含んだ言葉に、顔が熱くなるのでした。

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