異世界初のクーリングオフ導入(保有効果)②
クーリングオフなる謎の言葉に、私は頭をフル回転させる。
けれども私の頭の中には該当する言葉は見つからない。
私は一時の葛藤の後、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してから、
「そのクーリングオフというのは何なの?」
アリスも商人の端くれ。この問いは自身の商い知識の欠如を認めてしまう事に他ならなかった。
それでも尋ねなければならなかった。
「クーリングオフというのは、一定期間、無条件で購入の撤回または契約を解除できる、というものです」
「えっ? ちょっと待って!? それじゃあ、そのクーリングオフって言うのを行使したら利益は出ないじゃない!?」
「確かにそうですね。ですから、お客様に品物を気に入っていただければ、それに越したことはないんですけどね」
アハハと朗らかに笑う店主。
利益を度外視したサービス。まさに戦慄だった。
これまでの商いの常識から大きく逸脱している。
アリスは店主を――《ジャンク・ブティコ》を恐ろしく思った。
人は自らの常識の外にある存在を警戒する。
最早店主すらアリスの中では、不気味な存在と化していた。
手近な商品を手に取る。
「これもそのクーリングオフとやらが使えるのか?」
「はい。そちらの品物はクーリングオフの対象の品となっております」
「対象にならない品もあるのか?」
「はい。原価と大差ない品物などは対象外とさせていただいています」
なるほど、すべての商品が返品できるわけではないらしい。
そのあたりに何かカラクリがあるのかもしれない。
適当に手に取ったが、品物の価格はなかなかにいい値をしている。
気軽に買うには少々値が張る。しかし、クーリングオフなる制度で返品が可能となれば話は別だ。
多少の冒険はしてみてもいいかも、という気がしてくる。
結果的に冒険心で購入してしまうのだろう。いざとなれば返品できるのだから。
そんな心理的余裕からか、まったく予定になかった買い物をしてしまう――私のように。
「お買い上げありがとうございます。こちら契約書のお客様控えとなります。クーリーングオフの際にはこちらの書類と品物の方をご持参ください。今日から八日の間であればクーリングオフが適用できますのが、八日を過ぎますと適用できませんのでご了承ください」
「分かったわ。親切にどうもね」
アリスは品物と書類を受け取ると店を出た。
カランと鳴るベルの音と共に「ありがとうございました」と店主が頭を下げて見送ってくれていた。
帰る道すがら、アリスは呟く。
「あの店主には悪いけど、この品物は返品しなきゃね。クーリングオフとかいう制度を体験してみなくちゃいけないし」
そう、私はあくまで探りを入れに来たのであって、買い物は本来の目的ではない。
しかし、仮にも品物を購入したのだ。
一時的とはいえコレは私のモノとなった。
最終的には返品するとしても丁寧に扱う必要があるだろう。
傷物にしたり、汚したりして返品することは避けなくてはならないだろう。
だが、同時に使ってみなくては品物の価値を見定めることもできない。
もし返品する際に、「何処か至らぬ点がありましたか?」などという質問が飛んできたら答えない訳にはいかない。
家に帰り次第、早速使ってみることとしよう。
アリスは歩調を速めて帰路に就いた。
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