新人冒険者と多すぎる選択肢(選択回避の法則)③

 ヨイチさんは、大きな板を抱えて戻っていらっしゃいました。

 無造作に床に板を置くと、線を引き始めました。


「何をなさっているのですか?」


「絵を描こうかと」


「絵ですか?」


「まあ、一応芸術系の学生ですし。それにここには写真も無いみたいですしね」


 ここで、なぜ絵を描くのかと聞いていいものなのでしょうか?

 すると彼が、


「なんですかその顔は? まさかとは思いますけど、これから何をしようとしてるのか忘れたわけじゃありませんよね?」


 もちろん忘れたりなんかしていません。

 商人は商売をするものです。商売の為に絵を描くのです。

 胸を張って答えましたが、


「そんなことは当たり前でしょ。何で絵を描くのか、その理由について尋ねているんですけどね」


 なにやら色々レクチャーを受けたのだが、異国の言葉だらけでほとんど理解できていない、というのが実情なのです。

 すみません、と俯き答えると、そんなに怒っていないと言い、ヨイチさんは再び説明をしてくれます。


「まずは、お店の方はどんな改善をしましたか?」


 店舗で行った改善点は品数を絞るという事です。

 あまりに多い品数ではお客様が商品を選択できない。という経済学の教えに倣い、多種多様な陳列をやめました。

 その様に返答すると、うんうんと頷き、


「それで今度はどんな問題が起きましたか?」


 私は伏し目がちに、


「商品の処分が出来なくて、大量に在庫が生まれてしまいました」


「そうです。それで今回、冒険者ギルドの方に在庫のポーション、薬類を持ってきたという訳です」


 そこまでは私も理解しています。


「多種多様な商品はお客様の選択の邪魔になる。それは購買意欲の低下を招きます。どれを買おうかと悩むことは楽しいと言うより、苦痛に近いんです。

 苦しんでまで買い物をしたいとは思わないから、今までお店での買い物客は少なかった。品揃えは勿論、商品の質だって他の店に負けていないにもかかわらず」


 それはつまり商人としては致命的な欠陥。

 商売下手という事です。ちょっと――いや、結構落ち込みます。


「ですがここでは、その多種多様な選択の自由を活用するんです」


 彼は人差し指を立てて、得意気に言います。


「選択肢は無数にありますけど、こちらで誘導するんです」


 浮かべた笑みは悪い笑みだった。


「誘導ってどうするんですか? それに絵を使うんですか?」


「ええ、メニュー表も誘導の一環ですよ。おすすめ品としてセット売りをします。端的に言うと詰め合わせです。

 ポーションは需要のある商品です。反対に需要が無い、または用途の限られる商品もあります。それらを混ぜてセットとして売り出します。」


「そんなことして大丈夫でしょうか? ポーションは兎も角、この薬とか売れたためしないですよ」


「そんな商品を仕入れたのはアナタですけどね」


「うっ……」


 言葉に詰まります。


「まあ、過ぎたことはいいです。そのおかげで経済学の実践が出来る訳ですしね。ほら、早速カモが来ましたよ」


 そう言って笑う彼に合わせて口角を上げます。

 営業スマイルを作ると、頬を一度二度と軽く叩き、気合いを入れます。

 カウンターへと向かうと、元気よく挨拶をします。


「いらっしゃいませ!」

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