第15話「とどまるところ」

『まさか私に電話をかけてくるとは思いませんでした。あなたに番号は教えていないはずですが?』

「飛鳥から直接聞いたんだ」

『飛鳥さんなら仕方がないですね。ところでどうしたんですか、色さん?』

 靉裂さんは気怠そうに、俺の名前を読み上げた。




『時空の歪み、ですか……』

 昨日の出来事を飛鳥\\たちに話したものの、時空の歪みやセーラー服さん(仮)など誰も知らなかった。

「あなたなら何か思い当たることがないかと思ったんですが、どうでしょうか?」

『思い当たるものはありますよ。時空や時間軸は今ブームですからね。研究してる人間はそれこそ何十人といますが……セーラー服というのがわからない』

「本人の写真を送ったほうが早いでしょうけど、何かメールアドレスとかないんですか」

『即席で適当なアドレスを作りましょう。私から改めて連絡しますから、そちらに写真を添付して送信してください』

「わかりました。……何かわかったら、連絡をもらえませんか」

、ですね。承りました』

 今までにあまり聞いたことのない、事務的で無機質な声色だ。これが本来の、「情報屋としての靉裂さん」なんだろう。飛鳥たちと話すときはやはりどこか調子が良いような気がしたし、拉致事件の時は疲れのたまっていそうなものだった。

 淡々と、事実だけを述べるようなその声は、とても冷たい印象を受ける。


 結局、靉裂さんから連絡が返ってくることはなかった。





「結局、能力って何なんだ……?」

 そういえば鈴音に教えてもらった時も、「何でもあり」のようなふわっとしたことしか言われていないし、自分が思っているよりも俺はまだ何も知らないんじゃないか……?

 そもそも鈴音が回りくどいような説明をしていたのだって、俺があまり深く関わらないようにするための策略だったりしないよな?靉裂さんがそこまで手を回してたりしたら……。

 考えれば考えるほど、靉裂さんならできてもおかしくないように思う。あの人は情報という世界においてはエキスパートなのだから、田舎の中学生一人を相手にシャットアウトするくらい簡単にやってのけるんじゃないだろうか。


「どうしたの、考え事なんてして」

「……飛鳥か」

 たまにドアを開ける音すらなく入ってくるのには驚かされる。下手な泥棒よりも民家に侵入するのが上手じゃないかと思うほどに。……今のはあくまでジョークだ。

「妙に思い詰めたような表情だった。何もなかったとは言わせないよ」

「そうか。そうか……」


 何を話すべきか。飛鳥を止めようとしたこと、能力について探ろうとしたこと……。靉裂さんからすればどれも、俺にとっては危険なことだろう。

 飛鳥はなぜ俺のことをここまで心配するのだろうか。明らかに尋常のものではない。何かに取り憑かれたような、そんな鬼気迫ったものを感じる。


「さぁ、話してよ」

 ぼかすしかないだろう。まだ直接話すべきじゃない。いずれ、いずれな……。

「探し物をしてたんだ。大事なものを探してた。俺が自分で見つけ出したいものなんだ」

「それは本当のことだよね?」

「……あぁ、本当だ」

 飛鳥に睨まれるのは慣れない。全てを見透かしてしまいそうな、鋭い眼光は恐怖というより畏怖を思い起こさせる。


 数分ほど静かな時間が続く。それからようやく飛鳥の方から口を開いてくれた。

「まぁそういうことなら邪魔はしないよ。色さんにとって大事なものみたいだし、勝手に触るのも悪いだろうからね」

「ありがとう、そうしてくれると助かるよ」

 疑いが晴れたのか、ようやく睨み付けるのをやめてくれた。


「しかし探し物というと、なにか面白い話があった気がするんだけど」

「面白い話?」

「えーっと……探し物は探すのをやめると見つかることがある?」

「マーフィーの法則か」

 法則なんて仰々しい名前だが、中身は別に大したことじゃない。「洗車した日に雨が降る」とか「最初にUSBを差す時は方向が逆とか」、そういうあるあるネタの集大成のようなものだ。

 その中の一つにあるのが、「探し物は探すのをやめると見つかる」。忘れた頃になると、あぁこんなものを探してたっけ、なんて具合にどこかからひょっこり出てくる。そんな理屈のお話だ。


「昔テレビでやってたなぁ。飛鳥はなにで知ったんだ?」

「……なんだったっけな。忘れちゃったよ。あるいは覚えられなかったのかもしれないけど」

「どっちもそんなに変わらなくないか?」

「いや、ちょっと違う……どうでもいいけどさ」


 ボーンボーン。17時を知らせる鐘の音が時計から鳴り響く。もうこんな時間か、夕飯の準備をしなければ。

「うーん、どこで見たんだっけ……?」

「まだ思い出そうとしてるのか?」

「うん。たまにあるんだよ、昔のことを思い出せないことがさ」

「忘れてしまうってことは、あんまり大したことじゃないのかもな」

「あるいは忘れるように自分が仕向けたか……。どっちにしても思い出せなきゃ意味がないんだけどね」

 全くその通りだ。


 さて、今日は何を作ろうかな。

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色彩 曼珠沙華 @manjyusyage

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