第14話「寄る道」
「もう秋だなぁ……」
「そうッスねぇ。そろそろ肌寒い季節になってきたッス」
「そうかな?僕はあんまりわかんないや」
「「「……」」」
秋が来た。
「え、何か変なこと言ったかな?」
「秋といえば、みんなは何が浮かぶんだ」
「私はやっぱり読書の秋ッスね!9月は雨が多くて、家でいることも多いッスから」
雛子は相変わらずって感じだな。気づいた時にはアニメや漫画にどハマりしていた。どうやった時間を捻出してるのかはわからないが、いろんなものに手を出している。
「まぁ俺も読書の秋かな。積み上げた本が消化しきれなくて困ってる」
「一年くらい前でしたっけ?古書堂の閉店セールで山のように買い貯めてましたもんね」
「……まぁな」
正直読み終わる気がしない。しばらく都会に行くのは控えるよう靉裂さんに言いつけられているので、それに伴って増えることはないと思う。けれどあの何十冊と積み上げられた本の山を思い出すと……。
無理そうだな、うん。
「愛花ちゃんはどうだ?」
「わたしは……なんでしょう。あんまり考えたことないです」
「芸術とか、運動とか、いろいろ種類があるからな。そういうのを広く試してみるのもありかもしれないぞ」
「なるほど。来年からはアイドルの卵としていそがしくなると思うので、今年は目一ぱい楽しみますね」
素直でいい子だ……。こんな可愛い子が娘に欲しかった。いや俺もまだまだ若いから可能性はあるけどさ。
飛鳥や雛子も悪くないけど、愛花ちゃんはとびっきり純粋で、一挙手一投足が眩しく見える。
「飛鳥は、何かイメージは浮かんだか?」
「イメージねぇ……正直何も。運動の秋が一番近いのかもしれないけど、僕の場合は特殊だし」
「特殊?」
「運動ってスポーツとかのことだろう?僕は実践向きの血なまぐさいものだから、そう呼んでいいのか悩ましいんだよ」
もうちょっと平穏な話をしてるつもりだったのだが、どうしてこうなった。
でも実際に人を斬る状況には陥っていないし、あの夏の日よりはよほどましな毎日を送っているはずだ。飛鳥としては鬱憤が溜まっているかもしれないが、これが正しいはずなのだ、きっと。
「でもわたしたち、来年にはみんないなくなちゃいますからね」
「シロさんは一月末までの予定だし、愛花ちゃんは今年度限りだろ。結局俺と雛子と、それから飛鳥以外は戻っちゃうもんな」
「せっかく愛花ちゃんと仲良くなったのに、ちょっともったいないッスね。もっと時間があれば特撮系の話もできるんスけど」
「そういえば、この前のはとっても楽しかったです。またやりたいですね。今度はぜひ色さんも一緒に」
「……うん、そうだな」
今日は特別な日だった。帰り道の途中、鍵を預けて飛鳥たちは先に帰らせた。飛鳥だけは苦そうな顔をしていたが、最終的には渋々了承した。
山の奥、舗装されたとは言い難い道を辿り続け、目的の場所までたどり着く。
「久しぶり、母さん」
今日は、俺の母親の命日だった。
母さんは俺を産んだ後亡くなった。流行り病にかかってしまったらしく、俺の誕生日とはちょうど半年くらいの差がある。
親父からは色々と話を聞いているけど、やっぱり実際に会ったことがないから……なんて言えばいいんだろう。あんまりよくわからない。俺を産んでくれたのは事実だし、そのことにはどことなく感謝しているけど、あまり現実味がない。
俺がくる前から、ラベンダーの花が供えられていた。母さんが好きだった花の一つらしい。仕事前に親父が先にここにきたんだろう。
しばらく合掌して、カバンの中から掃除用具を取り出す。命日とお盆くらいしかここには赴かないせいで、お墓は苔や枯葉まみれになってしまっている。親不孝と言われてしまうかもな。
「水は……前は8Lで足りてたし、大丈夫だろ。雨降ってないからちょっときついかもしれんが」
よし、やるぞ。
こういう時他の人はどうしているのかわからないが、俺はできるだけたわしでしっかりと磨くようにしている。特に文字が彫られている部分なんかは磨きにくい。洗剤をつけて、念入りに、念入りに。
母さんは美人で、声も透き通った綺麗な声をしていた。そして、花が好きな人だった。
俺が知っている母さんはここまでだ。昔はビデオカメラは普及していなかったから、ほとんど映像は残っていない。写真も母さんが撮った花ばかりで、本人の写真はあまり残されていなかった。
親父から聞く母さんはとても綺麗で、亡くなってしまったことはやはり残念に思う。
そして俺の名前、
ショクは語呂が悪いし、イロはなんだかわかりにくいから、結局シキに決まった。
そして色という一文字で終わらせたのは、何にも縛られないよう、どの色にもなれるように。
見ず知らずの人の思いやりを背負って、俺は生きているのだと実感させてくれる。
その感謝ってわけじゃない。親だからっていう理由もなんだか照れくさい。けれどお墓を丹念に磨く。そのくらいの関係性の方が、縛られずに生きていていいんじゃないだろうか。
ガサリ。どこかの茂みが揺れる音がした。
こういう時は気をつけないといけない。この辺り一帯はやっぱり獣が出ることもあるからだ。最近はイノシシとか猿も出にくくなってるらしいけど、それでも年に一度くらいは出没した報告が上がってくる。
休憩も兼ねて、ここで少し待機しておくか。
飛鳥たちに連絡は――そういえばここ圏外だった。スマホに買い換えればちょっとはマシになるのかもしれんが……。やっぱり買うか。親父と要相談だけど、連絡しやすくなるに越したことはないだろう。
ガサガサ。ガサガサ。そんな茂みの揺れる音は、どんどんこちらに近寄ってくる。
多分イノシシあたりだろうけど、珍しいな。本来人間にはあまり関わりたがらないタイプの獣だと聞いたけれど。定期的に墓参りに来る人はそこそこいるし、人間の匂いくらいは嗅ぎ分けそうなイメージがあるんだが。
そんなことを考えていると、ボソボソという人の声が聞こえ始めた。
「だめだな、人がどこにもいない。だいたいここはいったいどこなんだ……」
獣じゃないのか。なら一安心だ。もしかしたら道に迷っているのかもしれないし、声をかけていこう。
「誰かいるんですかー!」
その声を聞くや否や、近くの茂みがざわざわと大きく揺れ始める。こちらに気づいたのだろう。
「ぷはっ、ようやく抜けた」
「あぁ、えっと……お疲れ様です?」
出てきたのは女の人だった。雛子が大人になって髪を染めたらこんな感じかもしれない。茶色い髪にすらりと伸びた身長――俺よりは低いが――で、美人という雰囲気をまとわせている。セーラー服じゃなければそれで終わってたんだろうけど。
「どうしたんです、こんな山の中で」
「かたじけない。旅をして回っている身分なのだが、いささか道に迷ってしまって」
思った通りだ。
「よければ山を抜けるまで案内できますけど、どうでしょうか」
「できればよろしく頼む。ここがどこかもあまりわかっていないのでな……」
なんだか、不思議な人だ。どこかもわかっていないなんて、なんのために旅をしているんだか。まさか獣道を辿って山を越えてきたなんてことはないと思うけど。
「この辺りには何をしに?」
「時間の歪みを観測したのでな。軽く様子を見にきただけのつもりだったんだが……いやぁ、これでは形無しだな」
……昔の俺なら困惑していただろうが――いや、だからって困惑してないわけじゃないが――今の俺には魔術や妖術といったびっくり要素が、この世界に存在していることを知っている。災害指定者にこんな感じの人はいなかったし、俺の知らないどこかの誰かってことで終わらせておこう。変な形で関わりすぎると、後で靉裂さんにいろいろと言われそうだし。
「あぁ、すまない。私はあいにくと記憶がなくてな、時間を旅して自分が何者なのかを探しているんだ。驚かせてしまったかな」
「まぁ、驚いてます。そういうところまで言ってしまうんですね」
「仕方ないさ。そういう説明をしなければ、私自身のことを一向に掴めないからな。この顔に何か見覚えみたいなのはないか?」
「うーん……正直何も。俺が分かる範囲では見たことないですね」
「そうか、ありがとう」
こういう状況に適応し始めていると言ってしまっていいのだろうか。いずれ飛鳥を止めるならそうじゃなくちゃいけないんだろうけど。
記憶がなくて~とか、時間を旅して~とか。確かに驚いているとは話したけど、そこまで驚愕しまくっているとは言い難い。鈴音も言っていた、能力はなんでもありの世界だと。そう思ってしまうと、案外簡単に心が転んだりはしなくなるものなんだな。
「そうだ、写真撮ってもいいですか?」
「写真?どうしてだ?」
「もしかしたら、あなたの顔を知っている人が友達にいるかもしれませんし。可能性は低いでしょうけど……やってみた方が絶対いいじゃないですか」
「なるほど、一理あるな。では頼む」
「じゃあ失礼して」
パシャリ。無機質なシャッター音が、野山を背景にセーラー服さん(仮)の姿を納める。無表情のダブルピースって、どことなく恐ろしいものがあるな。本人は無自覚にやってるみたいだけど。
「しかし、時空の歪み……でしたっけ?それって本当にこの辺りなんですか?」
「私の観測だとこの辺りなんだがな……。だが実際に降り立ってみると、たいていの場合どうにも座標がズレるんだ。何か心当たりはあるかね?」
心当たり、ねぇ。まぁ何もない。
「特には」
「そうか。君自身も歪みの発生源になりそうな人物ではないしな……。他を当たるとしよう」
そもそも何が時空?とやらを歪ませるのだろう。今までの流れ的には能力だったり妖術だったり、そういう特殊な力が影響を及ぼしそうなものだけど。
該当しそうな人物はシロさんくらいのものだが、あの人が能力を使って時空が歪むなら、それこそもっと昔に歪んだりしてそうな気がする。多分違うだろう。
他に能力を持ってそうな人は……やっぱり思いつかないな。
「最後まで道案内ありがとう」
「どうせ通る道でしたから、気にしないでください」
「……そうだな」
セーラー服さん(仮)の手元に、青い勾玉型のアクセサリーを取り出されていた。どこから出したのかは定かではない。
「礼の品だ。大した物品ではないが、そのぶん気軽に受け取ってくれないか」
「そうおっしゃるのでしたら、構いません」
でもこういうアクセサリーって、俺は身につけるの苦手なんだよな……。俺じゃなくて誰か――飛鳥あたりに渡しておこうか。捨てるわけじゃないし、本人には言えないが許してほしい。
「ではこれで。もしまた会うことがあれば、その時はよろしく頼む」
「こちらこそ。それでは」
俺の帰路とは反対側、橋の方向へとセーラー服さん(仮)は歩いていった。
時空の歪み……。俺たちの方になにか影響が出ないといいんだけど。結局は何ができるわけでもないから、祈るしかないのが痛いな。
まぁ、仕方ないか。
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