第13話「情報蒐集 後編」

 珍しく一人の時間ができてしまった。

 飛鳥と愛花ちゃんは、雛子の家で鑑賞会をやるらしい。アニメと特撮をそれぞれ持ち寄って見るそうなのだが、飛鳥は多分何も持っていかないだろうな。テレビを見たような記憶がほとんどない。

 シロさんはフィールドワークとかなんとか。具体的にどういうことをするのかまでは言わなかったが、昼食は必要ないとのことだった。


 かくいう俺も何をするわけでもなく、適当に昼食の前準備や洗濯といった家事を済ませてしまえば、これといってやるべきことはなくなってしまった。

 昨日まではやるべきことはあったのだが、それはシロさんからの釘差しでどうにも動けなくなってしまっている。いずれにせよネットの海から拾い上げるのが無理なのはここ数日で思い知らされたし、休憩どころと言えばそうなのかも。

 積んでいた本でも適当に消化するか……。




 こうして読書していると、本来の俺の生活は静寂なものだと改めて思う。

 特に趣味という趣味はなかった――強いていうなら読書くらいか――し、残りの時間は家事が趣味のような状態だ。


 誰か来客でも来ないものか。飛鳥たちの賑やかしい毎日に慣れてしまうと、どうにもこの感覚が抜けきれなくなる。心が微笑ましいのか、せせっかしいのか。





 ――眠ってしまっていたようだ。

 適当に目を覚ますが、時計の位置がおぼろげだ。どのくらい眠っていたんだろうか。

「おはようございます。随分と遅い起床のようで」

「え?あぁ……」

 聞きなれない声だ。いや、何処かで聞いた記憶はあるんだが、寝ぼけているのも手伝ったうまく思い出せない。

「こっちですよ、こっち」

 声のする方を振り向くと、艶やかな着物姿の女の子が立っていた。

「……鈴音ちゃん?」

「ちゃん付けは変な感じがするのでやめてもらえませんか?普通の呼び捨てで構いませんから」

「えっと、ごめん。鈴音」


 あれ、なんで家の中に上がり込んでるんだ?

「しかし無用心ですね。昼間に鍵を開けたまま眠るなんて。私が泥棒だったら、今頃この家からものが一つ残らず消えてましたよ」

「そういうことか……。忠告ありがとうな」

「いえ、今日はそんな冗談を言いにきたわけではありません。とある筋から情報屋が欲しい、なんてお話が流れ込んできましてね」

「情報屋って、誰がだ?」

「あなたのことで――いえ、やはりこのことは忘れてください。あなたの家にはたまたま上がり込んだってことにします。えぇ」


 いまいち話の筋が見えてこない。鈴音は何を話そうとしているんだ?

「一体何のようなんだ?はっきりしてくれないか」

「じゃあ簡潔に。あなたに妖術と能力についてお教えしようと思って参上しました」

「……は?」

 鈴音は靉裂さんよりの人間だと思っていたが、そうではないのか?あるいは俺と鈴音が会うことはないだろうと、靉裂さんが高をくくっていたのか?

「あなたにとっては都合のよろしい話じゃありませんか?情報代は安くしておきますよ」


「待て、なんで鈴音がそれを俺に教えるんだ?情報代を安くするなら、なおさらお前にとってのメリットがわからない」

「他人に話せそうにない利害が裏にはあるんですよ。そういうものは当然喋らない方が平和的です。私は天才ですから、そのあたりを考慮した上で動けるんですよ」

 結局説明もどことなくはっきりしていない気がするのだが。

「ひとつ言えるとすれば、あなたの生死に興味があるからでしょうか。生きているか死んでいるかなんて、ちゃちな考え方ではありませんよ?どう生きて、どう死ぬのか。それが知りたい」

「それは、どうしてだ?」

「……秘密です」

 にっこりと、笑う。


「前置きはこのくらいにして。まずはなぜあなたが情報を欲しがっているのか、その理由を教えていただけませんか?それによってこちらが提供できる情報にも、少し変更を加える場合がありますので」

「その前に、情報代とやらはいくらになるんだ?法外な値段をふっかけられたら、一生かかっても払い切れない可能性だってある」

「あー……その辺は適当に話してしまったんですよね。お金には困っていませんし、出世払いでいいですよ。あなたが払えそうになったらこちらから伺いますとも」

「そうか」

 何だか気味が悪い。

 飛鳥や愛花ちゃんとはまた違ったものがこの子にもある。まるで自分が手玉に取られているような錯覚に陥っているのか?自分のことに確証をもてない。


 しかし靉裂さんの側の人間でないなら、こちらだって利用する他ない。

 飛鳥は確かに強いのだろうけど、精神的にはまだまだ子供だ。普段の振る舞いからそれは簡単に読み取れる。

 人間は一人じゃ生きていけないと言うが、子供なら尚更だろう。家族を失った今、友人として俺は支えてやらなければならない立場にいる。


 あの月夜のことを思い出す。

 あの日、俺にとっても飛鳥にとっても、人生の中で何かが大きく変化したのは確実だろう。その分岐点を図らずも作ったのなら、その責任は果たさなければならない。中学生なりに、だろうと。


「飛鳥が多分、そういう奴らと戦いたがってる。あいつは強くなりたいって言ってたから」

 けれど本心は半分しか言わない。鈴音が飛鳥に話してしまうことを考慮しているからだ。

「……飛鳥さんのこと、好きなんですか?」

「そりゃ、どういう意味でだ?」

「LOVEですね。今更LIKEはわかってますよ。飛鳥ってあなたのことばかり話していましたから、いやでもそっちはわかります」

「俺はLIKEだよ、当たり前だろ」

「へぇ〜、なるほどなるほど」

 今度は子供らしい笑みがこぼれていた。嫌味っぽさや皮肉のない綺麗な笑顔だ。こっちの方がよほど可愛らしい。


「とりあえず順番にいきましょう。まず魔術使いは、今でもあまり日本にいないんですよね。飛鳥は特別目をかけないと思いますし、説明は割愛しますね」

「靉裂さんにも似たようなことを言われた。西洋の技術っていうのはわかるんだが、そんなに伝播しにくいものなのか?」

「妖術が邪魔すぎるんですよね……。魔術師かれらって組織立って動く上に、勝手に妖術師わたしたちのこと嫌ってるようなので」

「そういう鈴音たちはどう思ってるんだ?」

「妖術師はそもそも個人主義的なきらいがあるんですよ。かく言う私もその一人ですし。だから個人個人によるとしか。そもそも他人を気遣うような精神を持たないのが妖術師われわれなのでなんとも……」

 なんとなくわかってきた。

 ドラマの天才科学者を思い浮かべれば感覚はつかめる。自分の研究とかに勤しんでいるから、他人に興味を示さないタイプなのだろう。勝手にライバル視されて困ってる、みたいなところまで登場人物チックだ。


「妖術についてはなんでもありみたいなところはありますね。妖術師わたしたちからすれば一定の法則や決まりごとはきちんとあるんですけど、周囲からすればあまり関係ないのでしょう」

「強いのか、それは?」

「戦いを好む人間が極端に少ないです。どちらかといえば研究してたい人たちばかりなので。研究資料を強奪されないよう、最低限の自衛手段くらいは持ち合わせていますがね」

「だが鈴音は俺を助けてくれたじゃないか。実力がなきゃ、迎撃だって難しかったんじゃないのか?」

「私は天才ですからそのくらい軽いものです。そもそも愛花さんが言い始めたことですし、私はそれを手伝いたかっただけなので。飛鳥に対するあなたの気持ちと同様ですよ」


 クラークの三原則と呼ばれるものの中にはこんな一文がある。

「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」

 最新の学問を見ていると、俺だってそれがどうしてそうなるのか説明はつけられない。そもそもなんでそうなるのかがわからない。

 俺たちにとっての魔術や妖術は、そういう存在なのだろう。知らないから不思議なのであって、それを扱う本人たちからすればある意味『当たり前』なんだ。

 それらを理解できないから、区別がつかない。


「飛鳥が本当に注意するべきなのは『能力』ですね。あっちは正真正銘、本物のなんでもありですから。一定の法則に乗っ取る気なんてさらさらないですし、むしろ使う本人が全貌を暴くことすら難しいほど、中身は複雑怪奇に絡まりあっている。からくり箱というか、核爆弾というか……」

 さてやれやれ、なんてつぶやきが聞こえてきた。彼女もまた能力に苦労させられたのだろうか。

「弱点はなんでもあり、ってところですかね。文字通り『万が一』にも開花した場合、その能力が不利益しか生まないものもいくつかあります。それを生かすも殺すも本人の技量次第――だと救われている方でしょう。碌な対策がない、救いようのない能力もあるにはあるんですよ」


「あなたは、高望みしないほうが幸福でいられるでしょう」

 その言葉は強調されているように感じた。もしそうでなかったとしても、多分心に刻み込まれていただろう。

「高望みっていうのは、どれを指してるんだ?」

「能力が開花することに、ですね」

 鈴音はにこりと笑う。

「あなたが何を考えているのかは、ある程度の想像がつきます。飛鳥が危険な目にあうことを、あまり快く思ってないんでしょう?」

「……その通りだよ。全部お見通しってことか」

「全部わかってるわけではないですよ」

 また鈴音はにこりと笑う。


 靉裂さんの笑顔を思い出していた。





「そういえば、靉裂さんから言伝があったんでした。愛花ちゃんに会うなら、あなたにも伝えておけと」

「言伝?」

「えぇ」

 鈴音はそう言いながら、白い紙を袖口から取り出す。

「それは?」

「録音機のようなものです。こういう技術もあるんですよ」

 ぺたりと紙を机に貼り付けるようにおくと、それと同時に靉裂さんの声が流れてきた。

『……これってもう録音始まってるんですか?」

『始まってますよ』

『そうですか、それでは』

 コホン、と紙の向こう側――そう形容したが、正直どこから聞こえているのかは曖昧で、紙のあたりという形容しかできない――から咳払いが流れる。

『抗争問題ですが、全体的にかなり戦力を削ぐことができました。運良く軍師殿をお招くすることができたおかげです。終了には程遠いですが、あなたを狙うほどの余力はほとんど残っていないでしょう。護衛代は無駄になってしまいましたが、都会にさえ来なければしばらくは安心してもいいです。……まぁ、それだけです。』


「録音は以上です」

「……なんていうかさ、俺はどこから巻き込まれたんだろうな?」

「私にはなんとも。愛花ちゃんも元気そうだったし、そろそろ帰りますかね」

 紙を回収し、椅子から立ち上がった。カップの中に注いでた紅茶は飲み干されていた。

「ではまた、お元気で」

「そちらこそ、な」


 さて、ここからどうするべきだろうな。

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