第41話tranquility


「只今、入りましたニュースでは東京スカイツリーが倒壊したとの事ですが、その瓦礫の下には森の様なもので覆われていたと――……」


 ピッ、と用が済んだのか花村はテレビの電源を切っては、救護室にいる人間を見回す。

「道理でお前ら全員生きてるって訳か」

「全ては俺のおかげだな。崇めろ、愚民共。」


 その言葉に対し、アマンテスの左右からゴンッ、と拳が飛んでくる。右には不貞腐れた遊佐が。左には呆れ顔の斎藤が。そして2人はこう呟く。

「あのさぁ、確かにお礼は言わなきゃなんないけど、愚民って何?なんなの?死にたいの?」

「俺は背骨がボキッ、と逝くんじゃないのかと思ったぞ。」

「しかし、驚きだね。まさか魔術1つでここまでの人数を治療できるなんて。」


 あまりにも痛かったのか、頭を抱えこむアマンテスを横に、比企は呟くとアマンテスは余裕そうに鼻を鳴らしながら答える。

「まぁ、大半の者は熱に変換する事によって、身体へ打撃がいかぬようにしただけだ。大人しくしていれば1、2週間程度でよくなるだろう。」


 昨夜の戦いでの負傷者はかなりのもので、残念ながら死者も出たとは言え、そこまで大きな被害に至る事もなく、こうして団欒を囲んでいる。

「そういえば土方さんは病院行きみたいだよね?」

「……全身蜂の巣状態だったからな。回復魔術をギリギリ打ち込んでみたが、やはり重症なのに変わりはないらしい。」

「……で、あの樹戸って人は?」

「自ら警察に出頭したそうだよ。今は怪我を負ってるから治療の後に処分が決まるって」

「……あいつらしいな。この後がどうであれ、あいつならマトモに生きてくだろうよ。そういやアマンテスも残念だったな、右腕。」


 と、花村が投げかける。

 そう、あの後ショック症状を起こした為に、完全に傷口が作用しなくなり、幾ら魔術で繋げようとしても繋がらなくなってしまったのだ。しかしアマンテスは残念な素振りさえ見せずに一言。

「構わん。あの伝説の槍に対し腕1本とは安い買い物だ。そう言えば、母禮はどうした?」

「前まで高杉のいた部屋であいつの面倒を見てるよ。やっぱり気になるんじゃねぇの?」

「……」

「何、不機嫌な顔してるの?所以さん」


 アマンテスを挟んだ隣で如何にも不満そうな顔をしている斎藤の頬を遊佐が指で押しては、パシッと手で跳ね除けられる。

「別にそんな事はない」

「ふーぅん……でも、高杉さんてばれいちゃんを超カッコいい助け方をしたんでしょ?」

「ちなみにこいつは高杉との戦い中に、とてつもない台詞を吐いていたぞ?」

「おいマジかよ!?どんな台詞――」

「アンタら……」


 チャキッ、という音が響き、鬼の血相をした斎藤が刀を抜かんとする。

「アンタら全員そこに直れ。その腐った性根全て叩き斬ってやる」


 一方、高杉の部屋では高杉がここまで運ばれてきてから、母禮はここでずっと様子を診ていた。運ばれてきた当初は激痛に苛まれていたが、アマンテスのおかげで今は静かに眠っている。

「……」


 眠りについてから4時間。母禮自身も傷を負っている為、部屋に戻ろうとした瞬間にぐいっ、と衣服を掴まれる。無論部屋には2人きりなのだから、そうするのは1人しかいない訳で。

「……高杉さん、もう少し寝てて。状態が悪化したら困るから。」

「いいだろうが、もう十分に休んだ。後は傷口が勝手に塞がるのを待つだけだ。」

「……全く。ほんとに困るんだから」

「杏子と同じ事言ってやがる……まぁいい。ちょっとした提案があるんだが、聞いてくれるか?」

「提案?」

「怪我が完全に治ったらよ、会津に行かねーか?杏子の墓参りに。杏子も大きくなったお前の姿を見たいだろうしよ。」

「別に構わないけど、隊務とかは……。」

「適当に有給申請してこい。無理なら勝手に行くぞ。」

「またまた強引な……」

「悪いかよ?」


 意地悪そうに笑う中で母禮は「はぁ」と軽く溜息を吐く。

「分かった、分かったから。着いていくよ。私も随分と行ってないからね、お墓参り。ごめん、私もまだ全快とは言えないから部屋に――……」

「待てよ」


 突然呼び止める声に振り向けば、あの時、対峙した時の顔で高杉は口を開く。

「初めて話した時に聞き忘れた挙句、昨日一昨日にあんな光景を見たから一応聞いておくが。」

「何?」

「あの野郎……斎藤の事はどう思ってる?奴も俺様と同じ免罪符とか言っていたが」

「そうだよ、私はあの人の免罪符。だけど、ただ少し思う所があるなら、私はあの人が好き。最初は本当に許せなかったけれど、あの時のあの人の言葉に嘘偽りはなかったと確信してるから。」


 突き付けられた事実。いくら高杉が杏子を思っていようと彼女はこの世にはいないし、ただ高杉はその忘れ形見を見守る事しか出来ない事実に落胆する。

「……そうか」

「でも、心残りは1つだけ。」

「心残り?」

「あの日、あの時私が刃を向けた時、全て受け入れて受け止めて守ってくれたのは、紛れもない貴方だから。ありがとね、ヒーローさん。」


 と言い残しては母禮は部屋から出ていく。

「……ヒーロー、か。」

 残された部屋でただ1人、高杉は白い天井を見上げて呟いただけだった。


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