第40話My chest hurts


 ちくしょう、と高杉の唇は微かに動く。

「沈姫。お前はとんでもなく甘い人間だ……だから斎藤、介錯はお前が頼む。」

「……当然だ」

「!」


 高杉の夢はとうに終わり、彼自身は夢から覚めてしまった。

 同じく頂上から落ちた身でありながらも幸い一命を取り留めた斎藤は、最後の力を振り絞って刀を振り下ろさんと構えている。


すんなりと受け入れた死刑宣告に母禮は嫌だと思いながらも当の高杉本人は今まで幸せであったかの様な笑みを浮かべながらも言う。

「男としての勝負はお前の勝ちだ……後は、沈姫を頼む。泣かしたら……ぜった、いに許さねーからな」

「了解した」


 母禮を乱雑にどかした後に刃は高杉の胸に振りかざされる。

「これで、終いだ。」


 速度を上げる死までの道のりの最期で人生に別れを告げ、高杉が目を閉じた瞬間、目を閉じた後に聞こえた悲痛な少女の叫び。しかし、それが止んだ瞬間に高杉の身体は冷たい瓦礫ではなく、温かく柔らかい何かに触れる。

「殺させやしない……」


少女は――母禮は身を起して、高杉の身体に付き立てられるはずだった刀を握り締めては言う。

「私は言ったでしょ!?貴方を救うと!心だけ救って、「ハイ、サヨナラ」なんて言える訳がないじゃないッ!どんなに無様でも、どんな罪を背負っても生きてよッ!こんな形で終わって手に入る世界なら私は要らないッ!こんな血だらけで得るモノなんて何1つないこんな結末なんてッ!」

「沈姫……」


 ポタポタと微かに落ちる涙は止む事なく振り続ける中で少女の慟哭も止まない。

「私は……新選組に来た時、遊佐さんの姿を見て、斎藤さんの姿を見て、ここにいる人たちは孤独だけを背負ってるんだって……。でも、そんなの辛いじゃない……ッ、だったら私が教えようって。貴方達は孤独なんかじゃない。

笑い合える仲間がいて、何かが欠けている事はとても悲しい事だと教えてくれる人もいるんだって。だから、貴方にもそれを教えるから。だから死なないでよ……今度はちゃんと守るから。守られるだけじゃなくて、ちゃんと守るから……ッ」

「……馬鹿野郎」


 泣き続ける母禮の肩が揺れる高さに、高杉は呟くと同時に思う。

 

 救って欲しかったんだな、と。

(いつから力だけ求める様になってたんだろうな。俺様は)


 斎藤が先程話した事で、高杉から見れば母禮を本当に守りぬく事ができるのは斎藤の方であろうと今、ふと思う。

 そう、自分は忘れていたのだ。愛しい、愛した女の笑顔を。


 新撰組を捨て、『生命の樹』を立ち上げたあの時から。ただその遺言だけを必死に守って、結局何も見えなくなっていたのだから。

(情けねー男だな。俺様は)


 今の自分の姿を見て友は笑うだろうか?

(いいや)

「殴られる、だろうな……。あいつらの事だからよ。」

「本当に……。土方さんは殴るって言ってたよ。」

「はっ、そりゃあ最悪だ。」

「だから絶対に死なせない。もう私は誰かさんの免罪符だから、貴方の罪も私が受け入れる。本当はそれは母さんの役目だけど、あの人はもういないから。」

「……いいのか?そしたらお前の居場所はなくなるぞ?」

「居場所ならある。みんなあそこで待ってる。貴方の帰りを。ずっと。」

「この……甘ったれどもが」


 少し明かりを取り戻す空を見上げながら、高杉は溢れた涙を見せまいと自身の腕で隠しては笑う。


 高杉灯影は残りの人生全てを贖わなければならない。だが、たった1人ではなく、心を許した者達と共に。


 そうして、この戦争は終結した。


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