第39話drowse


「……だから言ったろ」


 ドシャァッ、と地面へ落ちたその瞬間だった。

「高杉……?」


 目の前は何も見えず、どこか肌にドロドロとしたモノが付着している。ぐぐっ、と高杉が身を浮かせた瞬間に全てを知る。


 あの時、母禮を光の杭から守ろうとし、強く抱きしめては光の杭の破片が至る所に刺さっていた高杉の姿を。

「なん、で……」


 すると、血反吐を吐き出しながらもどこか微笑んでは告げる。

「言っただろ……お前は俺様が守るべき女だと。術者である俺様は死なねーはず、ならお前を守って何が悪い、ってな。だからさようならだ、俺様にとって最期の希望……あいつの言う通りにあの世で杏子に報告するさ。お前の娘を最後まで、守れ……なかった、ってな。」

「介錯ならば――」


 目の前に広がる赤

 まるで両親を殺された幼きあの日と同じ光景

「俺がしておいてやる」


 同じく、頂上から落下し、幸い一命をとりとめ、最後の死力を尽くしては高杉の背後へと刃を斬り込む。

「や、め……斎藤さん……」


「嫌ァアアあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 天から魔法陣は消え、最期の抗いさえ消えた暗闇の中で少女の泣き声だけが響いた。



 夢を見る 暖かい夢を

「高杉君、どうして君はそんな事言うかなぁ?私これでも結婚してるんだけど」

「先生……否、杏子だって人の事言えねーだろ。この日本の行く末の舵取りの為に天下の大鳥家の当主に結婚申し込むとはな。愛ある結婚の方が女は夢が持てるって言うぜ?」

「何を馬鹿な事を……」


 そう言って高杉から差し出されたコーヒーカップを杏子は受け取っては、言葉を紡ぐ。

「確かに私も高杉君の事は好きだけどね、生徒として。」

「何だよ、大人だからって余裕みせやがって。」

「事実大人ですから。……というか君も大人でしょ?だったらお願いがあるんだけど。」

「はいはい、今フッたばっかの男に何の用で?」

「私にね娘がいるんだけども、産まれたばかりの。その子を守って欲しいの。」

「何だそりゃ。今にも遺言みたいな事残しやがって。」

「あながち間違いじゃないから、そう言ってるの。名前は沈姫。沈んだ姫と書いて沈姫。どう?可愛いでしょ?」

「杏子が考えてにしちゃーな。きっと面も可愛い将来別嬪さん有望だろ?」

「まぁね。だから私の大好きな高杉君にお願い。沈姫はなんとしても――……」


「おい、聞いたかよ?あの噂。あの大鳥杏子が殺されたってよ。」

「――……」


 夢はここまでで終了だ。それ以降、誰かは現実を生きてきた。


 誰が一体どうして大鳥杏子を殺したのか?殺したのは誰か?それを探って、原因を突き詰めては犯人にこう言った。

「お前が大鳥啓介……否、大鳥敬禮か。風の噂で聞いたんだけどよ、お前大鳥本家に復讐したいらしいじゃねーか。なら新選組にいるよか、『生命の樹』にいたほうがずっといいぜ?」


 犯人は「いい」と断る。だが、それでも誰かは引き下がらない。

「その復讐を成せる力があるとしたら?お前はどちらを選ぶ?」


 誰かは思惑通り、大鳥杏子を殺した犯人を殺した。だが、それを守るべき存在であった娘の沈姫はそれを知り、悲しみ、偶然にも生き残った義兄を殺した男に免罪符とされた。


 誰かがしたい事はこんな事ではなかった


 ただただ守りたいだけなのに、その存在に枷を付けるなど言語道断。だからこうとしか言えなかった。

「俺様のやり方が気に食わないなら、剣を向けるも良し。逆に賛同するなら新撰組を脱退しても構わねー。」


 こんな事で守れただろうか? と誰かは思う。

「高杉」


 誰かが誰かの名前を呼ぶ


 ふと目を開けてみると、そこには昔愛した女に瓜二つの女が誰かの顔を覗き込んでいる。

「馬鹿……、何であの時出てきたのよ……撃ち殺される所だったんだよ……?」

「杏、子……?」


 女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、その流れる涙が誰かの頬に落ちる。

「誰が杏子か!私は大鳥沈姫だ!間違えるんじゃない、馬鹿ッ!」


 ああ、そうかと誰かは――高杉灯影は思う

「お前は……俺様を『生命の樹』のリーダーだって知ってる癖して、戦う気がなかったんだろ?どうせ、数時間前みたいに俺様と話の続きをしたかっただけなんだろ?……どーだよ、そこら辺。」

「貴方は何言っても馬鹿だ。自分も戦いたくない癖して無理して戦ってこの末路……きっと母さんもあの世で呆れているに決まってる。」

「そうかよ」


 でも、もういいのだと高杉は思う。

「沈姫、お前は本当に甘い……けど、刃を交えてた時から訴えてたもんな、俺様に。あの時の俺様のやり方が正しい訳じゃねぇって。本当に、俺様はさっきまでの笑顔をどこに置いてきちまったんだろうな。」

「だったら、私がいくらでも笑わせるから……この先ずっと。だから……ッ」

「そうは行かねー」

「どうしてよッ!」


 少女の怒鳴り声にぽつりぽつりと緩やかに死へと向かう男は呟く。

「俺様はあくまでこの戦争を引き起こした戦犯だ……国を変えられない今となってはただ人を殺した罪しか、残らない。」

「そんなものッ……!そんな事はさせない……ッ!この『大鳥』の名に懸けて」

「そうか……俺様は結果的に杏子だけでなくお前からも守られる立場になっちまった。」


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