第35話mug
ぐぐ、と立ち上がる様子に「止めておきたまえ」と警告を下す。
「今の貴様にはあの子を守る所かその場から立てまいよ。いいか?聞け、愚か者。もし何かの驚異があの子を襲おうとした時に彼女は怯えることなく挑むだろう。そんな時に背を預けるのを灯影か貴様かを選べと言われたら私は灯影だと即答する。何故か分かるか?」
「何が、ッ 違うというのだ!」
斎藤はその鋭い瞳を細めては樹戸へと訴えるが、樹戸はそれをなんとも思わずにただ飄々と流していく。
「何もかもだよ。貴様は先程彼女は自分の免罪符だと言った、自分を唯一殺せる人間だと言った……そんなのはただの貴様自身のエゴでしかない。本当の窮地に立たされた時に必要なのは自分自身の勝手な欲ではない。自身の根本的な強さだ。たった1人の女性の笑顔を見る為に命さえ賭ける男と自身のエゴだけで動く人間……強さの違いはそこだ。貴様は本当にそれでいいのか?例えこの戦争に勝ったとして、その後もそんな勝手な理由で彼女を縛るのか?縛って彼女自身の笑顔さえ壊すのか?」
「アンタには……分からないッ……!」
歯を食いしばり痛みに耐える斎藤に対し、相も変わらず樹戸はその心に刃を突き立てる。
「分かりたくもないな、そんなちっぽけな事情。まさかとは思うが、人を殺しすぎた罪悪感に耐え切れずに彼女に縋ったとでも言わないよな?答えろ、愚か者。」
「……」
「沈黙、という事は肯定か。更に情けなってくるな。何故その本意に気づかない?」
「何……?」
「その勝手な貴様のエゴ。つまり殺してきた罪悪感に耐え切れず免罪符を求めるとは、その罪の重さを彼女に押し付けているのと変わらない。先程、影踏君が貴様に攻撃をして貴様は歯が立たなかったと聞いたが笑止。貴様に足りないのは腕ではなく覚悟の差だ。そんな腑抜けが今、灯影の前に奇跡的に立ったとしても10秒ももたんよ。せいぜい大人しくしているがいい。」
吐き捨てる様に言っては、そのまま樹戸は部屋へと戻る様子を見て花村は斎藤を見やっては「なぁ」と呟く。
「本当か?今の話は全て」
「……」
「お前はてめぇの為に母禮を救おうとか考えてんのか?」
「……」
「黙ってねぇで答えろッ!お前それでも国を背負う新選組の第3部隊隊長かよッ!」
「……言える訳がない」
「あ?」
今にも消え入りそうな呟きに花村の怒りは収まらない。が、それでも斎藤は言葉を紡ぐ
「あの人と……沈姫と過ごしているだけで救われると、俺が笑えるとどうして言える?確かに俺はあの男の言う通りあの人を利用しているだけなのかもしれない……だが、それでも俺の傍で、なんでもいいから笑ってて欲しいなどと言えるはずもないだろう……。」
とうとう耐え切れなくなったのか、涙を流す様子に対し花村は「馬鹿野郎」と告げる。
「お前何でそう思ってんならさっき言わなかった?お前、母禮に笑っていて欲しいなら何で母禮に直接言わねぇ?女は変なとこ鋭い癖してそういう所は鈍感なんだからちゃんと言ってやれ。」
花村はぐいっ、と斎藤の腕を引っ張っては、立たせ、その背をバシッと叩く。
「アイツの笑顔を守る為に行ってこい。理由はそんだけで十分だ。国を救うだのなんだのっつー理由は俺らが背負うだけでいい。行ってこい。」
(くそッ!やはり交通手段は通用しないか)
新選組本部を抜け出しては駅へと走り出していた母禮だが、何せ土方の命令もなしに勝手に抜け出してきたものだからパトカーで向かう事もできず、最終手段として電車に期待したが、やはり根城の襲撃によってどこもかしこもパニック状態となっている。
当然駅も人で溢れかえっている為、電車も車も無理。だとしたら、ここ新宿から北千住までその足で辿り着かなければならない。その瞬間だった。
母禮の前に止まった赤いバイク――果たして乗っている人物は誰なのかと警戒していれば「よぉ」と声が響く。
「貴方は……!」
「乗りな、お嬢さん。夜道は危ねぇから送っていくぜ?場所は北千住の先でいいんだよな?」
新選組のナンバー2で名を馳せる土方幹行その人だった。
ガタンッ、ガタンッと救護室のドアが何かにぶつかったかの様な物音を立てている。平隊士が新しく運ばれてきた患者かと思い、ドアを開ければそこには真っ青な顔色をした遊佐を肩で担いだ少年――アマンテスが1人。
「ゆ、遊佐隊長!」
「先程道端で倒れていた。幸い命に別状はないようだが、休ませてやってくれ。」
「了解しました!」
遊佐を隊士に預けては、アマンテスはふらふらとした足取りで玄関から出ようとした瞬間、花村が「アマンテス」と声を掛ける。
「お前さん、傷の方は大丈夫なのか?」
「ああ。右腕1本粉々にされたが、今回復魔術で幾分と蘇生している所だ。問題はない。」
「そりゃあそうかい」
「……貴様はその怪我では行けそうになさそうだな。」
「残念ながら、な。お前さんも早く行きな。先程負傷していない隊士に全員出動命令が下った。今丁度斎藤も出て行った所だよ。お前さんも母禮を救いたいんだったら、さっさと行ってこい。」
「言われなくともいくさ。下は煩いから上しか方法はないがな。」
困ったように吐き出すアマンテスに対し花村もどこか苦笑しては一言
「撃ち落とされんなよ?」
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