第34話rainfall


「終わったぞ、樹戸さん。」

「申し訳ないね。敵同士だというのに」

「いいじゃねぇか、敵だろうとなんだろうと。なぁ?」

「……土方さんはいい顔をしないだろうがな」


 隊員達の治療の為に宛てがわれている部屋で、負傷した樹戸と花村の応急処置を終えた後に斎藤は呟くと同時に母禮は顔を伏せる。


 根城と樹戸の敗退後、死者と負傷者の数が確認された。

 死者32名、重軽傷者64名。全隊士の内の約7割を失い今の現状がある。恐らくこの後の『生命の樹』制圧に向かえる隊士はせいぜい20人が限界だろう。そんな中、部屋の外で慌ただしい足音に耳を傾ける。

「な、何だアレ……。」


 ぞろぞろと廊下やエントランスに出る隊士達の様子を見ようと全員部屋から出見てみれば、樹戸以外の全員が目を見開く。

「な、何だよアレ……」

「空に、魔法陣……?」

「とうとう灯影が動き出したか。恐らくあいつは根城さんや私、影踏君が戦闘不能になった事を知っているんだろう。だからこそ動いた。全てを片付ける為に」

「……」

「母禮?」


 花村が押し黙る母禮に声を掛けると、母禮は部屋の壁に立てかけてあった傾国の女を手にする様子に対し、斎藤は呟く。

「行くのか?」

「当然だろう、おれだって新選組の一員だ。」

「無謀すぎるよ、お嬢さん。」


 横から聞こえた声に顔を向ければ樹戸は真剣な顔をしたまま、その無謀と言った理由を口にする。今の状態がどんな状況であるか、高杉灯影がどういった状態にあるのかを。

「贋作とは言え、確かに同じシンボルであるそれを使えば、京都の開放した霊脈の流れを断ち切る事ができるかもしれない。ただそれは仮定の話であって、確証等どこにもない。それに先程私の外部スプリクトにエラーとハッキングされた痕跡が残っている。恐らく灯影は私が使える演算方法を全て自分自身にスプリクトさせた。完成度は私のに比べたら半減されるだろうが、今、唯一手の打てるであろう花村君は動けない。」


 そう、皮肉にも樹戸自身残りの2部は外部スプリクトからの演算で補っている。その為、彼が持つデータは全て本拠地である東京スカイツリーにあるスーパーコンピューターの中だ。更に樹戸は事の重要性を指摘していく。

「それだけではない。残った兵士はここの数倍であり、魔術師もいる。かのアマンテス=ディ=カリオストロが不在……いや、いたとしても彼1人で『生命の樹』の魔術師全てをいっぺんに相手できるはずもない。ここで君1人動いたとしても不可能だ。」

「……そんなものは、やってみないと分からない。」

「何?」

「お前みたいな科学一辺倒の現実主義者の戯言などどうでもいい!例え無謀だとしてもやってみなければ分からんのだ!それにおれには高杉灯影を救う理由がある。」

「その理由とは?」

「彼は言ったぞ。今は亡きおれの母の笑顔を見たさに国に挑んだと。そしてその母の不滅な思いと母が残したおれを守ると。今まであの男が何をしてきたかなど知らん、どうでもいい。だが、こんな手を使って国を変えたとしても天国におる母は笑わない、そんな国でおれが……今ここにいる民が笑って過ごせるとは断じて思わない!」


 母禮は思う。例え可能性が確かになかったとしても、感情というものは数値にする事が出来ない。数字だけが全てと訴える樹戸などには分かるはずもない。そう思っては声を上げる。

「だからこそおれは行くぞ。あの男を止める為に、救う為に。あの男の本当の笑顔を取り戻してくる。」


 すると母禮の肩をポン、と樹戸は叩き頷けばダッ、と走り出す母禮の背に「母禮!」と制止する花村の声が響く。


 だが本人は花村の制止さえ聞かずにそのままマンションの下まで向かう。その後ろでゆらり、と揺れる影もまたか細い声で呟いた。

「ならば俺も共に行く」

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ、斎藤!」


 またも無謀に挑む斎藤の胸ぐらを思い切り花村は掴み言いがかる。

「そんないつ開いてもおかしくねぇ傷幾つも抱えてる野郎が馬鹿言ってんじゃねぇ!今は土方さんの指示を――……」

「譲れないんだッ!」


 突然響く叫び声はそのまま喉の奥から絞り出すように一言一言はっきりと告げる。

「俺はあの人を救うと決めた……あの人は俺の免罪符だッ!俺を唯一殺せる人間だッ!そんな人をどうして救わずにいられると――……」


 瞬間、ガンッという鈍い音がこの場に響く。

「樹戸……アンタ……」

 斎藤の即頭部を重圧と遠心力を増加させた蹴りを食らわしては、斎藤はその場にドサリと蹲るが、その様子を冷たい瞳で樹戸は見下す。

「哀れだよ、本当に哀れどころかそれを通り越して呆れる。かの天下の斎藤所以という男がここまで安いとはな。私達『生命の樹』はこんな安い役立たずな男を危険視していたというのか。全く、笑わせる。」



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