第32話moment Ⅱ
高杉影踏はいつも兄の影だった。いくら勉学や運動で成績を挙げようとも、どうしても兄がその上を行く。
影踏自身それを直接的に味わった訳ではないが、間接的に祖母や叔母らを始めとした親戚一同はこう言った。
「灯影ちゃんは本当にすごいわよねぇ。」
同じ兄弟であるはずなのに1番優先されるのは兄。所詮自分がどう足掻いても「ああ、そう。」と返されるだけ。
寧ろ「灯影の方が凄かった」と比較されるこの苦渋。さらには彼が警官学校に入る前、大学を首席で卒業されたと聞いた時は、親戚一同だけではなく、影踏に関わる人間全てが彼を否定した。
だからこそ、真っ当な人間として生きる事を諦めたのが中2の冬。魔術というオカルトに手を染めて、どこまでも自分のスタイルの術式を完成させる為に、日々努力し、無論学校での成績も上位をキープし何もかも怠らなかった。
そして、高校に入る前に『生命の樹』へと入り、そこで構成員である樹戸と出会った時の事だった。
「君は本当に優れているね」
樹戸は社交的だが、世辞は基本言わないタイプだ。だからこそ信頼を得た事もあり、他のメンバーとは違い、自分は優秀なのだと影踏は思えた。
だが、現実は残酷で灯影の弟と知られれば、一気に周りの人間は影踏に後ろ指を指した。
あの高杉灯影の弟だからこそ特別なんだ。
ようやく掴んだ己の居場所でもまた指を指される事に、影踏はもう耐えられなかった。
確かに自分は『生命の樹』では最年少だが、年齢がどうではなく、兄と比較される事――これがただただ恨めしい。
いくら兄を超えようと努力してもその手は届かない。彼のほんのわずかな影に触れる事さえ影踏には叶わないのだ。
その言葉と事実をどうしても受け止めたくなくて、とうとう影踏は樹戸へと願い出た。
自分も貴方と同じ科学の先端技術を生み出したい、と。
これは樹戸本人の談だが、いくら学業が優秀とて、こればかりはどうしようもない。科学と一口で言っても様々なジャンルがあるし、全てを極める事などまず不可能だろう。
だから樹戸自身が研究したあらゆる物を扱えるように、彼は影踏に自身が精製した腕時計を渡し、それを通じて自分の脳内で演算させる事で、影踏に足りない分の脳の容量を与えた。
そうして来るべき戦争の日までに繰り返したテロなどで影踏は根城が入る前までは先頭に立って行動してきた。
魔術と樹戸の集めたデータと演算能力を兼ね備えたスプリクトで負ける事はなかった。なのに、今自身は負けようとしている。それこそ自分より幼い少年に。
「成程、そういう事か。」
突然の崩壊に一瞬戸惑ったが、自身を縛る鎖さえ断ち切り身体の自由を取り戻してはアマンテスは言う。
「それは誰かの脳の演算を利用していたとはな。そのマスターのキャパシティオーバーで、貴様自身も道連れ……か。哀れなモノだよ、最初から頼らずに自身の武器だけで戦えば貴様は強かっただろうに。」
「あ、ぐ……ッ、えfdjp /Eroer」
「安心しろ、止めならば刺してやる。」
「おおおおおオレは、tttとえとはははは、tyhf」
「終わりだ」
スッ、とアカンテスがカードを飛ばしてはそのカードは黒い人影となり、人影は剣で影踏の顎を呆気なく斬り捨てた。まるで周りが影踏と灯影を比較した時の様に。
今にでも泣きだしそうな影踏の表情を見届けては境内を過ぎ、神社を出ると同時に杖を軽く振っては神社ごと燃やす。
ここで生きている上で手出しをされたら溜まったモノじゃない。むしろ背を向けてから相手の攻撃がなかっただけマシだ。大爆発の中でアマンテスは亡き高杉影踏へと小さく呟いた。
「もう『生命の樹』は終わりだよ。もう兄と比べられる事もなかろうに。安らかに眠れ」
しかし、この呟きは本人に聞こえる訳でもなく、まだ薄暗い夜空にぽつりと消えた。
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