第27話Mudslinging
止まぬ剣戟と攻防戦。
あれからというものの、遊佐は根城のテリトリーである半径1メートルから離れずに半歩という小さな範囲を上手く使いながら、傷を受けぬように動いているが、どうやらそれは無謀らしく、先程から謎の細かい傷を負っている。その様子に根城は高笑いをしながら言い放つ。
「オイオイ、散々偉そうな事抜かしておきながら何だぁッ!?ゴキブリみたいにちょこまかと動きやがって。それで私に勝つ勝算とやらは出てきたのかぁッ!?」
「トリックならもう見えてる」
「あ?」
ガキィンッと18合も交わした刃を跳ね返しては、スッと刀を構え直す。その様は右手がぶらんとなり、どこか身体も頼りなさそうにゆらゆらとしている。その様子に根城はまた笑う。
「なんだぁッ?その構え方!テメェらが収めたお上品な剣術には見えねぇぞ」
「僕もこんな事したくはないんだけれどね」
「だったら」
ヒュンッと死への1撃目が振るわれると同時に第2撃目は更に速さを増す。だが、遊佐は避けずに、必殺の第3撃目で、ゆらっと揺れては一気にダッと根城との間合いを詰める。
その刹那根城の体勢はグラリ、と揺れた所で首元に刃を当てようとしたが、身を捻られた為、肩に傷を負わせる事しかできなかった。
しかしこれでもう根城は手加減という余裕を見せられない。出血の止まらない左肩を抑えては「野郎……」と恨めしそうに呟く。
「だから言ったでしょ?トリックはもう読めてるって。よくやるよ、そんな一太刀だけで二太刀分だけの剣戟を相手に浴びせられるなんてさ。」
「……」
そう、トリックは至って簡単だった。
根城はどこか正統な道場で剣術を学んだ訳ではない。むしろそんな暇などなかった。
家は貧乏で、生計を立てる為に毎日馬車馬の様に働く中で僅かな時間を見つけては、丸太を振り下ろし、山裏の茂みの深い谷を走り回り足腰を鍛えた。
やがて、それは常人ではありえない程の剣速と柔らかな筋肉、硬い筋肉をしっかりと分ける事のできる身体を手に入れた。
そう、全て我流だからこそ剣筋など読めないし、そもそも剣術を学んだ温室育ちの人間にはありえないであろう事もやってのける。それが彼女の強さなのだが、その真意は意外な場所にあった。
「1度に相手に間髪入れずに倍の数だけ剣を振るってるんだから、無論空気さえ凶器にできてしまう。だからこんな細々とした掠り傷を負う。そんな2メートル近くある長刀を振り回して幾ら遠心力でカバーしても、ちゃんとした型がないから芯もない。」
確かに根城の持つ刀は遊佐達が持つ日本刀とは違って、刃も1メートル以上はあるが、どちらかと言うと柄の方が長く、形的には薙刀に近い。
無論根城は自身が完全に筋肉に依存している事を理解しているからこそ、普通の刀ではなく、こう言った武器を手に取っている。
そして何より我流の彼女の剣術であれば力点や重心など無茶苦茶で、ただ早さだけで勝負をしている事こそが欠点だと遊佐は指摘する。
「筋肉と速さに依存しているからこそ力点を読まれれば、今みたいに態勢も崩せる。」
「それが分かったから、私を倒せるとでも思ってんのかぁ?こっちは更に早く動く事もできるんだぜ?」
「それがお前の弱点だよ」
「ゴチャゴチャ抜かすんなら……」
そして、最後の一撃である振り下ろし。死のギロチンが下ろされると同時に根城の声が響く。
「死んじまいなッ!」
「――ふっ」
軽く息を吐き出しては、そのまま刀の力点を狙い、ガキィッと刀を折っては同時に根城を間合いから弾き飛ばす。
「なッ……!」
「技術だけが剣の全てじゃない」
最後の止めを刺そうと剣の軌道を変え、そのまま根城の頭上目がけて斬り込もうとする。
「同じ狂気と腕と経験値を持っていても、頭を使わない時点でお前の負けだよ」
「――……」
瞬間、ドサッ、と根城の身体が崩れては地に伏せる。
まだ遊佐は止めなど刺しておらず、絶命する程の致命傷も与えていない。だとしたら誰かがいると思った刹那、心臓がわし掴みにされる様な感覚を覚え、その場に倒れこむ。
「……やれやれ、帰りが遅いから様子を見て来いと頼まれたが、私は別に彼女の保護者でも何でもないんだ。それに、このまま傾国の女だけを持ち帰っても、その真意を読めない程、私と灯影は馬鹿じゃない。」
(この男……一体どこから……)
「しかし運はよかったようだ。かの新選組最強の遊佐相似が相手をしているとは。ここで君を殺せば幾分か私達の脅威は減る」
こいつ、と遊佐は一瞬で確信を持つ。
(最初から僕らの戦いを見ていたのか。しかも気配すら感じさせずに!だとしたら、この男……もしかして)
「それでは、さようなら。」
遊佐相似の命が終わる――そんな時だった。
「よぉ。お前が樹戸榊であってるよな?」
「……君は?」
「新選組第8部隊隊長、花村密。ちょっとその偉大な生命装置を直接この目で見たくてな。……まぁ、前置きはここまででいい」
「勝負しねぇか?人間とオリジナルの根比べってのをよ」
「さて、ここらで平気か?」
一方、新選組の本拠地から出たアマンテスは1人の男に声を掛ける。場所は新宿の総鎮守と呼ばれる花園神社。暗闇の中、鳥居を潜り境内前まで進んでは立ち止まった。
「ったく、苦労させられるな。ただ1人の構成員の尻拭いをさせられるとは。随分な重役出勤ぶりだ。」
出てこい、というかの様に言葉を投げかければ、ようやく闇の中から姿を現す。
「本当に。樹戸さんなんて胃薬を飲んでから向こうに行った程だ。それにお前らも随分と計画を滅茶苦茶にして……兄さんは笑ってたさ。」
「貴様らのボスは中々気が長いらしいな。」
「まさか。もしそうならこうする事はないだろ?」
と呟けば、アマンテスの周り全てがドガァッと壊され、無残にも原型など留めていない。
「それが例の粒子型高速光線砲か。成程、威力は思ったよりあるんだな。」
「これで消し炭にされたいならそうするけど、どうする?」
「馬鹿を言え」
いつの間にかアマンテスはその手に杖を顕現させると、軽く振っては影踏の背後で大爆発を起こさせる。
「科学か魔術か好きな方を選ぶといい。俺はどちらでも構わないがな。何せ両方ともイレギュラーな物に変わりはない。現実で叶わないなら空想をぶつける。さてまぁ魔術で俺に挑んでも適うはずもないだろう。欧州一の魔術結社『地を這う蛇』のトップにはな。」
「お前が噂の魔術師、アマンテス=ディ=カリオストロか。けれども北欧神話の軍神を嘗めるな、お子様。」
生命を操る者と科学の異端 生粋の魔術師と神話の軍神。
遠く離れた地で起きた2つの戦いは今、動き出す。
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