第26話wolf


「邪魔だつってんだよ、雑魚共。」


 それを斎藤は何の害ともせずに根城の懐へ斬り込んでは軌道を変えさせ、母禮の前に立つ。

「斎藤さんッ!」

「アンタは比企を連れて離脱しろ!ここは現存隊員だけで抑える。但し、増援を呼べ!このままでは人が足りん!」

「そりゃあもう人は早々いねぇか。無傷でしかも私のテリトリーに入ってこれるのはアンタだけか。斎藤所以。」

「一体何の真似だ」


 会話が続く間でも剣戟は鳴り止まず、肋骨が砕け動けない比企はまずいと直感した。

(このままじゃ確実に全滅する。いくら斎藤と互角でも、持久戦に持ち込まれたら確実に負ける……ここをどう動くか)


 そんな中で斎藤は根城へと問いかける。

「何故こうも出しゃばる様な真似をした?まさか命令を受けた訳ではあるまい?」

「そうだねぇ、確かに命令なんかじゃねぇよ。ただ私もさ、人を殺したくて『生命の樹』に入ったワケだ。テメェらは強い。でもなぁ、私はその上へ行く……このままじゃそうなっちまうぜぇッ!?」


 数十、下手をすれば数百に届くと思われるのではないかと精神的に錯覚を起こす程の攻防を繰り広げ、流石に斎藤も危機感を感じる。


 ここで仲間を捨てて母禮だけ救うか。それとも応援が来るまで持ちこたえるか。

(どうする……)

 と思った瞬間だった。

「16と1合。これで少しは詰められたかな?」


 背後から声が響き、半径1メートルのテリトリーへと入っては、刀を振り下ろすと響く金属音。

「遊佐……さん?」

「待たせてごめんね、れいちゃん。こっからは僕がこいつの相手をするから。」

「しかし!」


 ここまで走ってきたのか、息は上がっているし、顔色も夕方と比べると幾分か悪い。その遊佐の声が聞こえたのか、斎藤への攻撃はピタリ、と止む。

「遊佐、アンタは病院にいるはずじゃ……」

「あ?なんだこのボロクズ野郎」

「ボロクズ?まぁ確かに今はそうかもしれないけど、こう見えても僕は新選組の第1部隊の隊長なんだけどな。」

「って事は、あの遊佐相似か。確かに今までコイツと交えた剣戟を把握できるだけテメェは優秀だが、今の状態じゃ5合でテメェは死ぬぜ?」

「そんなに怖いのかなぁ?」

「あ?」

「確かに所以さんは強い。でもそれ以上の僕と戦うのがそんなに怖いかよヘタレ女」

「……何言ってやがる?死にてぇのかぁッ!?」


 突然の振りかざしの一振りさえガキィンッと振り払っては遊佐は言う。

「正直ぶっちゃけ言えばこれはハンデだからさ。今すぐ後悔させてあげる。僕の大事な物に手を出した事に。だから後悔させる時間さえ与えない。だから死んでから後悔しろヘタレ女。お前のそのトリックなんてとっくに読めてるんだから。……って事だから、れいちゃんと所以さんは比企さん達を連れて土方さんの元へ。こいつの命は僕が終わらせるから、さ?」


 怪我人とは言え、ニィ、と笑ったその目は母禮は新選組にきたあの日に見たおぞましい瞳。きっと今後こそこの男は獲物を逃さないだろう。

「わ、分かった。但し死ぬなよ!」

「誰に物言ってんだか」


 ふぅ、と目を伏せて大げさに溜息を吐くと、顔を上げて剣鬼は笑う。

「じゃあ始めようか、命知らずさん。」


「何!?相似を置いてきただと!?」

 比企と限界を超えそうになった隊士と斎藤を連れ、マンションへ戻り、土方へ報告すれば土方は声を上げた。

「何馬鹿な事してんだ!今すぐ増援を……!」

「けれど、これ以上送った所で無駄に人が死ぬだけだよ、土方さん。」

「だったら尚更だ!アイツを見殺しにするつもりかつってんだよ!今まで第2と第3部隊の隊長を務めたテメェらにはそういう事もできないのか!?」

「……悔しいけどそうだね。俺も現に肋骨が折れてるし、斎藤も疲労が半端ない。あの化物とたった1人で戦ってたようなものだからね。これはもう、相似を信じるしかない。」

「ああ……」

あまりの悔しさ故か、土方は静かに拳を握っては微かにそれを震わせる。一方、母禮は比企と斎藤に他に怪我がないか診ていた所、斎藤の身体は浅いが上半身傷だらけであった。

「斎藤さん……貴方はこんな状態で戦い続けたのか?」


 普通の剣戟による一太刀の浴びせ方とは違う、奇妙な一線の痕に母禮は疑問に思うも、斎藤は短く息を吐いては「ああ」と答える。

「流石に一々避けると致命傷を負う可能性があったからな。だが大丈夫だ」


 本人は大丈夫だと言うがどう見てももう1度戦える様子ではないのも確かだし、今はこの出来事のパニックで交通規制も敷いているから、負傷した隊員を病院に運ぶ事もできずに、ただただ母禮は思う。


 あの時、遊佐はトリックが見えたと話した。果たしてそれだけで勝てるというのか? ただ今の母禮に出来る事は手当と仲間を信じる事だけだ。


 だがおかしい事が1つ。待機していたはずの第8部隊とアマンテスの姿がない。

「一体、どこにいったんだ?花村さんとアマンテス。」


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