第24話Lingering sound
曖昧な感情に痛む胸を抑えこんで、今度こそエレベーターに乗り、24階に着いては真っ先に土方の元を尋ね、インターフォンを押せば土方はすぐに出てきた。
「よう、生きてたか。」
「ああ、無論。おれは早々死ぬような安い女ではないからな」
「よく言うぜ ……まぁ、入れ。」
「? 報告だけしにきたのだがいいのか?今は特に忙しいだろう?」
「忙しいから女がいねぇとダメなんだわ」
誰でも見抜けるような安い嘘に母禮はくすくすと笑っては中へ入る。相変わらず広い部屋なのだが、幾つものテーブルと棚が面積を占めた上に空気は白く、灰皿には大量の煙草の吸殻が押しつぶされている。
「ほらよ」
「すまない」
差し出されたコーヒーを受け取っては、テーブルの向かい側に土方が腰掛けては煙草に火を付ける。
「まぁ、無事で何よりだ。……で、どうだったよ?アイツは」
「高杉灯影の事か?」
「ああ、俺とアイツぁ親友だったからな。今は敵同士になっちまったが、これも仕方がねぇと俺は思ってる。」
「新選組を脱退した理由は気にならないのか?」
その些細な質問に対し、土方はどこか誇らしげに笑っては呟く。
「気にならねぇよ。何、あの野郎の事だ。どうせ結局はたった1人の人間を救いたくて、国に喧嘩売ってんだろ。相手すんのは最悪だがな。知恵も権力も部下を従える能力も。全部アイツの方が上だ。俺1人でなんか追い越せやしねぇよ。でも、アイツ1人に対して俺らだけなら負ける気がしねぇ。」
「土方さん……」
「殴り込みは3日後だ、これ以上は待たせるワケにもいかねぇし、これ以上待ってたら今度こそ終わりだ。だからテメェも覚悟しな。今の平和を築いてる自分の世界を選ぶか、アイツの作り出す新しい世界を選ぶか……全てお前次第だ。どうする?」
「おれは――」
母禮は少し答えを躊躇った。
『大鳥』の人間としては民の平和とこの国の繁栄を選ばなければならない。例え『大鳥』の名を捨てても、母禮は自分の今手にしている仲間との時間を捨てたくもないし、守りたいと願う。
だが、亡き母は自分の幸せを願い、殺される十数年前に自身を高杉に託しているのだ。なら、完全に守られた状態で、亡き母の願いを叶える事も可能なのだ。
たったその2択。その2択に対し、母禮は口にする。
「おれはこれ以上誰も傷つけたくはないのだ。だから、高杉灯影に挑む時も、国がどうとではなく、今まで苦しい思いをしてきた彼自身を救う為に戦う。無論、土方さんや遊佐さん、比企さん、花村さんにアマンテスも守り通す。これは『大鳥』の『呪い』ではなく、大鳥母禮としてだ。」
すると、真剣な顔で話す母禮の様子を面白可笑しそうにくつくつと土方は笑っていた。流石にその様子に苛立っては口出しをする。
「なにがおかしいのだ?」
「いや、何。テメェらしいと思ってよ。相似にビンタかますわ、俺にタメ口聞くわ怖いモンなしで羨ましいぜ。」
「むっ」
「まぁ、無事に報告も終えた事だしよ、冗談はここまでにしてそれ飲んだらさっさと部屋に戻って寝やがれ。俺はまだ仕事が残ってるからよ。」
「あ、ああ……。悪い」
実を言えば土方が週に3回は徹夜で仕事をしている事は幹部を始め、多くの隊員が知っていた。
故に朝食の用意をする事もなく、むしろこのマンションのオーナーの三木さんが土方に朝食を届けているという目撃情報もある。普段碌に寝る事なく働いているのだから、この最初で最後であろうこの戦争をどう生きるか考えている故に寝る暇などないだろう。急いでコーヒーを飲み、マグカップを洗っては、玄関へと向かう。
「それでは、お疲れ様だ。土方さん」
「ああ、お疲れさん。」
バタン、と玄関のドアを閉めては、母禮は何もない暗い天井をを見上げる。
「絶対に、殺させはしない。」
それが一体誰であろうと――軽くこの場で誓うと、そのまま部屋に戻ってはシャワーを浴び深い眠りへとついた。
「――大鳥母禮……否、大鳥沈姫。その護衛につくのはかの新選組最強の斎藤所以か。」
一方、あの後帰ったはずの女――根城桜は新選組の本拠地から一キロ離れたビルの上で呟く。
恐らく大鳥母禮に手出ししない限り、高杉灯影が怒る事はないだろう。だとしたら自分の相手は決まった。
「さて」
と短く呟いては、予めに持ち歩いていた手榴弾を建物の下へと放り込む。
「感謝しろよ肥えた豚共。『生命の樹』との全面戦争で最初に相手すんのはこの私さぁッ!」
これが全ての始まりであり終わり。
全ての尊厳と矜持と国の平和を懸けて。今、火蓋は切って落とされた。
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