第23話Cross-purposes


「気になりますか?我が頭領は?」

「まぁ」


 根城に高杉灯影という男はどうであるか――と問い掛けられても、今の母禮には曖昧な返事しか返せないと言うのが現状だ。


 何せ高杉灯影という男は母禮の母である杏子の願いを叶える為だけに、今の今までを生きてきたのだ。それをどう簡単に実の娘が否定出来ると言う?

(どうやら本当に戦う事でしか解決はできそうにない、か。)

「?  何か?」

「いいや、なんでもない。」


 小さく呟いた決裂の言葉はだだっ広い廊下の中で響く事はないまま消えた。


「それでは、私はここで失礼致します」


 スカイツリーから東武スカイツリーラインに乗り、北千住から暫く地下を通り、都営新宿線付近で背丈の高い女性――根城はそう呟いた。一応礼として頭を下げる。

「送ってくれてありがとう」

「礼など不要です、これも命令ですので。それでは。」


 そう言うと煙の様にそのまま何事もなかった様に女は姿を消した。

「早く帰らないとね」


 あの時斎藤を庇い怪我を負った上に、一応連れ去られたのだ。恐らく斎藤や比企、アマンテスは心配しているだろうと思い、マンションに向かい、まずは土方に帰ってきたと報告しようとエレベーターに乗ると24階のボタンを押すが、エレベーターは16階で止まった。


 すると、そこには斎藤、比企、眼鏡をかけたヒョロヒョロと頼りなさそうな男とアマンテスがいた。

「大鳥さん!?大丈夫だったの!?」


 夜遅くながら声を上げる比企に「あ、ああ……」と返事をすれば、最も頼りなさそうな男・南條は「よかった、よかった。」と呟く。

「向こうの情報も得られた上に、大鳥チャンも無事に戻ってきたし、くわばらくわばら……ねぇ、今度メイドをやってみる気はない?」


 軽々と暢気な事を口走る南條に斎藤が鳩尾に肘鉄を食らわしては「痛いじゃないか!」とべそをかく。

「僕は彼女と初見だよ!?折角挨拶しようと思ったのに!」

「……大鳥、こいつが例の情報課の南條都筑だ。それにしても無事に戻ってきてくれてよかった。」


 どこか胸を撫で下ろす様子の斎藤に対し、母禮は微笑んでは言う。

「ただいま、斎藤さん。」

「それより、母禮。奴らに何もされなかったか?」

「へ?」


 アマンテスに問われた瞬間、高杉にキスをされた時の光景を思い出してしまう。まぁ仕方があるまい。

 だが、思わず顔を赤らめては頬を抑える様子に全員は口を開き、示し合わせた様に言葉を重ねた。

「「「「何かあったようだな(ね)……」」」」

「な、何でもないっ!それよりこんな時間だ。おれも早く土方さんに報告して寝たい。」

「そっか、それじゃお休み。」

「ああ、おやすみ。」


 と、その場で全員と別れるはず、だった。

「沈姫」


 しかしたった1人この場に残った斎藤は暗闇の中、ぽつりと呟く。

「すまない……。あの時貴女を守れずに、その上に怪我まで負わせてしまって」

「ううん、平気。相手も威嚇でやったって言っていたし、威力を上げたつもりはないって。」

「そういう意味じゃない」


 バサリ、と斎藤は言葉を切り捨てる。

「貴女がいなくなったら、俺の罪を裁くのは誰になると……」

「ああ……」


 ずしり、と心が痛む。


 そういえば、自分はこの人を一生許さず、免罪符となったのだ。だが、どうしてかそれ以上に心を重くする何かがあった。

「貴方は私を免罪符だと受け入れているの?」

「ああ」

「もし」


 もし、だ。本来ならば口にしなくとも良い言葉だと言うのに、母禮はこれを言葉にしてしまう。

「もし私がかの高杉灯影と特別な関係にあるって言ったら?」

「それは――…」


 一瞬の沈黙。しかしこの言葉は間違ってはいないだろう。何せ高杉自身は杏子を愛し、その忘れ形見である母禮さえ守り抜こうという意思がある。


 もし仮に高杉が母禮に好意を抱いていたとしてもその関係に変わりはないのだ。何せ高杉は何1つ母禮に嘘を吐いていないのだから。そして斎藤はその言葉に1拍置いてその唇は動く。

「答え、られない……。」

「そう」


 我ながら馬鹿馬鹿しい質問だな、と母禮は思う。勝手に期待をし、こんな事を聞くなど。

 

 自身を殺してくれ、そう泣いて訴える斎藤の様子に驚いたのは確かだ。しかしあれから母禮が周りに見せていた『大鳥母禮』という存在を脱ぎ捨てるのに何故か安心感があった。


 両親を亡くしてから心の拠り所はもはや義兄の啓介にしかなく、そしてその啓介は今会話している男によって殺されている。しかし、それでも『大鳥沈姫』でいられる安心感と、本当の斎藤所以と言う男の姿を見て笑っていたのは、紛れもない母禮の本心。


 だからこそ免罪符であれど特別な感情を抱かずになれず、ただただそれをずっと隠していたからこそ今の言葉が胸に突き刺さって痛い。

(ああ……)


 恋と罪。その齟齬があまりにも痛すぎて今の母禮には耐えきれない。ならばいっそ嫌いになれたらと、涙を堪えて斎藤を見る事なく、エレベーターに乗り込んだ。



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