第22話memory


「樹戸さん、あれでよかったのですか?」


 母禮を部屋へと送り出した後に影踏は樹戸に問いかける。

「構わないさ。逆に君は灯影と違って用心深すぎる。今の大鳥母禮には何もできないし、そして助けさえも来やしないだろう。我々の居場所が割れていたとしてもね。もし部下5000人を踏破した所で、構成員である我々は一筋縄では行かない事も分かっているはずだ。これが理解できない程、新選組も馬鹿じゃない。」

「そうではなくて……」


 不安げに俯く影踏の様子に再び樹戸は「心配はない」と告げる。

「灯影はそう揺ぎやしない。例え彼女が何を言ったとしてもね。」


「……で、どこから話せばいい?つかお前から質問してくれてもいいんだぜ?」

「長話になると言ったのは貴方だろう?まぁ、聞くとすれば、何故裏切った?」

「裏切ったワケじゃねーよ」


 ギィ、と椅子を斜めっては高杉は天井を見上げながらぽつぽつと呟いていく。

「俺様はよ、ただ1人の女に笑って欲しかっただけだ。」

「?」


 意味の分からない言葉に母禮は首を傾げれば、ずいっと高杉は顔を近づけて笑う。

「やっぱ親子なだけあって似てるな」

「親子?」

「お前の母親、大鳥杏子にだ。」

「母さんを知っているのか?」

「そりゃあな。俺様の初恋の相手で一生涯愛する女だからな。無論、その娘であるお前も。」

「……一体どういう事だ?」

「まぁ、そう急かすな。」


 と言って高杉は、カップにある紅茶を飲み干しては話し始める。

「昔な、お前の母親は警察庁の各部署に配置される人間を育成してたんだよ。当初俺様は新設される新撰組を任される立場にあったからな。当然あの人の教育を受けていた。その時あの人は言ったんだよ。自分も世の中で大勢の人が笑って欲しくて大鳥家に嫁いだが、男尊女卑の問題で自分自身はただ家事を任されるだけで、政に関して何か物申せば生意気だと罵られ……結局、意味のねー結婚だった。だからその無念を俺様達に預けた。」


 母禮の知らない実母・杏子の過去。あまりにも長い追憶に高杉自身黄昏そうになるが、この事態だけは忘れられない。

「だが、大鳥本家にそれがバレて結局俺様が新選組の長になる頃にはあの人はいなかった。俺様は惹かれたのよ。あの人の直向きさに、その葛藤に立ち向かう勇気に。けど、結婚をしてるのを知ってて思いを告げたら、あの人は苦笑しながらこう言った。」

「なんと?」

「この後の日本と私の娘を頼む、ってな。それで俺様はその約束の為にあの当時何の実績もない新選組で快挙を次々と成し遂げる中でふと思った。この国が破滅へと向かうカウントダウンはもう始まってるってな。」

「それは……っ、どうして!?」


 話にのめり込む母禮の様子にフッ、と苦笑しては掠れた声で呟く。

「上層部が全てを諦めてんだ、この国自体を。だけどな俺様がいくら功績を上げようと、仲間と必死に命張って戦おうと、アイツらの守りたい物は自らの地位と庭付きのお屋敷だけだ。それを脅かす奴らがいるなら例え誰であろうと切り捨てる……だから俺様はそこから何もできなくなっちまったし、あの人との約束も守れない。だから、新撰組を捨てて、今のその金の亡者と偉そうにしてるだけの無能共を殺してでも、この国を変えると誓った……それだけだ。外国から得たより精度の高い国際状況、最先端の技術と科学、そして魔術に武力……これで、高杉灯影様が率いる『生命の樹』が完成したって訳だ。どうだ?俺様という人間は?」


 母禮には何も言えなかった。


 上に立つ事で背負わされたこの高杉灯影の重荷も実の母の苦しみも。何も知らずに自分は生きてきたのだ。

「じゃあ私がここへ来たのは、まさか……。」

「ああ。この戦争から遠ざける為、そしてお前が持つもう1つの傾国の女の贋作の入手。」

「え?」

「これは影踏からの報告だが、傾国の女はその名の通り国を示すシンボルで魔剣だ。だが、本物だけでは折角開いた霊脈を解放する事はできない。俺様が持つ本物はこの国の知恵として機能させ、贋作には防波堤になってもらわなきゃ困る訳だ。」

「霊脈、だと?」

「知らねーか?京都での大事件。あれは東京……つまりこのスカイツリーを中心として術式を発動させる為に3ヶ所の霊脈を解放させたのよ。」

「それ以外に国を救う方法はないと?」

「ねーよ。これが俺様の全てだ。 ……呆れたか?馬鹿馬鹿しいと思うか?」

「……」

「答えられねー……ってか?まぁ確かにこんだけ話せばどうすりゃいいのか分からなくもなるな。まぁ安心しな。答えは今度で構わねー。」

「え?」

「今日の所はお前と話せてすっきりしたし、傾国の女を持ってない以上意味もないからな。今回は向こうにちゃんと送り返してやる。だが、次会うときは無論敵同士。俺様のやり方が気に食わないなら、剣を向けるも良し。逆に賛同するなら新撰組を脱退しても構わねー。元実権を握ってた俺様が許すさ。……根城、こいつを送ってやれ。但し絶対に傷つけるなよ?命令に反したら即座にお前を殺す」

「了解しました。」


 高杉の言葉と共に、後ろにあったカーテンからいつの間にか背丈の高い女性が立っており、命令を受けるが、命令にしては異常な程の威圧感があった。

「沈姫」


 そう名前を呼ばれ、振り返るとそのまま唇を奪われる。一体いつ顎に手をかけられていたのかさえ分からなかったが、解放されると同時に反射的にその頬を思い切り叩いた。

「ッてー……なんだお前、好きな男でもいんのか?まぁいい。俺様との会話料として取っておく。」

「では、大鳥氏。こちらへどうぞ」

「またな」


 何も気にしない素振りをする根城という女性に案内され出口へ向かうが、その後も高杉は軽く手を振った。どうやら自分で説明した通り、直接的に攻撃する訳ではないらしい。


 そしてそれは何よりも今は亡き愛した女性との誓いを守るという確固とした決意だけが見えるだけだ。

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