第14話blessing
「……」
あれから数週間。母禮はずっと考えていた。
斎藤の罪、斎藤の今まで辿って来た道、そしてあの時流した涙の意味。母禮は斎藤に対し、殺すという楽な道を与える事はさせなかった。そして斎藤もまた「殺してくれ」など言う事もなく、自身の汚れ切った人生の免罪符を母禮に与えてしまった。
おかしいと言えばおかしい
だが、それ以上にそれを理解してしまう自分がいる。
「どうかしたの?斎藤さん」
「……ん、いや何でもない。」
どこか落ち着かない斎藤を見ては母禮は首を傾げる。それも現在母禮は斎藤の部屋にいるからこそなのか。
同じく20階であり、あの日以来、斎藤は母禮をよくここに呼び、行動もできるだけ多く共にしている。あの時、自身の命に賭けてという言葉は本物なのだろう。
ただ、考え方が古典過ぎて、こうして行動を共にしたりする事でしか守れないと思っているのだろうが。
一方、その斎藤の部屋の外で野次馬が3人程存在した。
21階の非常階段から見ると、僅かに斎藤の部屋が見えるという場所で、3人は双眼鏡を片手に、色んな意味でこの状況を楽しんでいる。
「ちょっと比企さんどいてよ!全然見えないじゃん!!」
「うるさいな!ただでさえここは声響くんだから、バレたら俺らどうなるか知らないよ?」
「でもよ、多分相似や俺ならまだしも、お前がこんな事してたら幻滅するんじゃね?」
「……ねぇ、改めて聞くけど君らは俺をどんな人間として見てる?」
「保育園の優しい保父さん」
「弄り甲斐……じゃない、みんなのお父さん。」
「……相似。今、君さ思い切り弄り甲斐のある人間だって言おうとしたよね? ……ってやっぱ保父さんに見られるか……。」
花村は思う。せめて保父さんと呼ばれたくなければ、あの如何にも保父さんらしいパンダの絵がプリントされたエプロンをどうにかしろ、と。
そんな子供の喧嘩のような言い合いを繰り広げる、遊佐と比企、そして第8部隊隊長の花村密。名づけて新選組における馬鹿3人組である。
「でも最近、所以さんはれいちゃんを穴が開くかぐらいって程見てたし、もしかしたら本当に心に穴が空いちゃったのかもね。」
「……まさか心を奪われたとか言う某有名映画みたいなオチじゃないよね?」
「あれ?バレちゃった?」
「てへ☆」といった具合に舌を出し、頭を拳で軽くコツンと打つ気持ち悪いポーズをする遊佐を無視して2人はまた双眼鏡を覗くが、そこには誰も映っていない。
「あれ?」
「……バレていないとでも思っていたのか?そこのお三方」
「げっ!斎藤!?」
「いつの間にここに来たの!?やっぱ相似達が騒ぐから……!」
「ああ、音も見事に反射していたさ。何よりその卑劣な手を使うのはアンタらしかいないからな。」
何故か1個上の階でしかも非常階段だというのに、遊佐達の背後から気配や物音すら感じさせずに現れた斎藤に驚きながらも、3人は必死に抵抗する。
「卑劣だなんて所以さんに最も言われたくない言葉だね!いつも漁夫の利を利用したかのように検挙率を上げてる所以さんにはッ!」
と遊佐が
「……卑劣じゃなくて覗くなってストレートに言えばいいのによ」
と花村が
「ごめん、悪気はなかったんだよ。けど異常だと思ってさ」
と比企はこう訴えながら、話を続ける。
「正直に言えば、人との馴れ合いを最も嫌う斎藤が土方さんの命令もなく、こうして大鳥さんと一緒にいるのかが気になってね。何せ君が2年前に入隊して俺の隊に配属された時とは全然違う。……まぁ、それでもその2年をかけて俺らには心開いてくれたと勝手に見解してるけど、彼女……大鳥さんに対してだけには違う気がして。」
「……」
「恋でもなんでもなく、ただ付き添っている様な。そんなに彼女が心配かい?」
「……ようやく見つけたんだ」
「え?」
「俺の唯一にして最大の心の拠り所を。勝手に詮索するのはいいが、大鳥には見つかるなよ?特に比企。大いに絶望されるかもしれないからな。」
「斎藤……」
鉛の様に重い一言を残しては、カンカン、と非常階段を下りては、自室の廊下で遭遇した母禮の頭を優しく撫でていた。まるで、どこか守るように。
「これって、恋だと思う?」
「んにゃ、俺にはそう思うぜ。アイツはああ言ったが、性格が性格だし拠り所と恋心の区別もつかないんだろ。」
「……」
「? どうしたの?比企さん」
「ん?ちょっとね……」
あれは恋ではない、と比企は思う。どちらかと言えば、斎藤が母禮に付き従っている様に見えるのだ。
(まさか……ね)
遊佐から聞いた先日の一言
『所以さんったら、今れいちゃんを誘って神社に出かけてるんだってー。』
(あの時に一体何が……)
「あ、斎藤さん。突然出て行ったからどこに行ったか心配したぞ」
斎藤の部屋を出て、元の『大鳥母禮』となった母禮は斎藤の元へ駆け寄る。
「悪かった、少し気がかりな事があってな。」
「?」
首を傾げる母禮の頭を優しく撫でては、そのまま廊下を渡ろうとしては、何かを思い出したのか、こちらへと振り向く。
「そうだ。今日の夕方から、第1、第2、第3部隊を総動員で集めて会議があるらしい。大鳥、マンションのオーナーに内線で連絡して、場所を取ってきてくれ。」
「上位3部隊全員を集めて……となると事は大事の様だな」
「そうなる、頼んだぞ。」
「了解!」
概ね事を伝えては、すぐさま自分の部屋へと向かう母禮を斎藤は苦笑しつつ見送る。そんなに急がなくとも、俺の部屋から連絡をいれれば済む話なのにな、と心中で思いながら。
あの日以降、どこか斎藤自身の心が軽くなった気がする様な気がした。そして同時によく笑うようになった。
生きてきた獣道故に誰も信用できず暗い道を歩んできた自分にとってどれだけこれが救いな事か。
幸せとはこうあるべきなのだろうな、と斎藤は微かにその喜びを1人噛みしめる。
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